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◆短編
好きになったひと
告白する相手を間違えた。

登録していたアドレスの苗字が似てる友人(男)に間違えて『好きです、付き合って下さい』なんて、黒歴史としか思えない失態。送信した瞬間に気が付いてキャンセルボタンを連打したけれど、無情にもメールは電子の海へと消えて行った。

友人からしばらく返事は無くて、冗談だとスルーしてくれたんだと都合よく解釈する事にした。真面目な奴だからあとでちょっと怒られるかもしれないけど、きっと許してくれるだろう。

が、なぜかその友人は俺のアパートまでやって来て、しかも自転車で三十分ぐらいかかるはずなのにメールしてから十五分ぐらい。焦ったような表情と額に浮かぶ玉のような汗に俺も焦る。

「…ッ、はっ、あ、……メールッ!」

胸を押さえて荒い息を宥めながら続く言葉に、友人がメールをちゃんと見てしまった事を知った。名前が似てるから間違えたとか恥ずかしくていい辛いし、冗談だったなんて言ってしまうのはアホを晒すようで恥ずかしい。

「え、いや……、その…」

元々口が上手い方でもなく、言い訳や嘘は苦手なので言葉がもたつき、口の中でもごもごと言葉がわだかまる。こんな風に俺を心配してくれた奴になんと説明すれば笑い話にしてくれるのかわからない。

「あの、……ごめん」

間違えてしまった事、心配をかけた事、諸々まとめてとりあえず謝る。今になって思えば俺の優柔不断は大抵が悪い方にしか転ばないらしい。

「謝るなよ」

「え、でも」

「お、俺も、お前の事好きだから」

「……、え?」

まじで?
お前、ホモだったの?



「ぶつかるぞ」

「うぇい?」

ボンヤリしていた俺の腕が引っ張られ、俺が進もうとしていた場所を自転車が通り過ぎていく。あのまま進んでいたらぶつかっていただろう、ボンヤリしていた思考が一気に覚めた。

「うわ、こえぇっ! ありがとー」

「いいけど気をつけろよ」

言葉自体はつっけんどんだが、俺を見る友人の目は優しく身の置き場に困ってしまう。まるで俺が凄く大事にしなければ壊れてしまう物みたいな目で見られている。

ガラス細工でもないし病弱でもない、そんな一般的な男を何でそんな大事な物みたいに扱えるのかちょっと疑問だが、悪い気はしていない。蔑ろに扱われるよりはずっといいし、優しくされるのは好きだ。

「お前が怪我するの嫌だからな」

突然、低い声で耳朶を、心を揺さぶられる。あんまり口数多くない癖にこういう事はサラッと言ってしまう所本当ズルい。

「顔が赤いな」

「うっせー、最近バイトで疲れてるからだよ!」

誤魔化すように殴るふりをした俺の手を友人の手が掴み、他の人にはわからない程度にさり気無く指を絡めて離れた。

友人に間違えて告白した日、何の悪気もなく友人が同性愛者だと知ってしまった俺は自分の告白が間違えだったとは言えなかった。本当の事を言ってしまえば友人を何重にも裏切る気がして言葉に嘘を重ねてしまった。

それがもっと友人を傷つける事をわかっていたのに。

好きあっている同士が自然な流れで付き合うように付き合う事になった俺達だったが、俺は異性しか好きになった事無いし、友人は好きでも友達として見ていたのをいきなり恋人だと言われてもどうしていいのかわからなかった。

いつもより一緒に遊んだり、一緒に勉強したり、お互いの家で酒を飲んだり。友達の延長上とほんの少しの甘ったるい時間。

俺は友達のようなつもりで付き合っていたけど、友人の口からたまに飛び出す「好き」や「愛してる」って言葉に怖さや罪悪感よりも嬉しさを感じるようになった時、俺の恋愛感情もどっか壊れてたんだと思う。

だってすっごく大事にされる。
何をするのにも俺優先で、俺はすっかり忘れてても記念日のプレゼントとか欠かさないし、イベントごとはさり気無く祝ってくれたり、風邪をひかないように飲み物を用意してくれたり、絆されたっておかしくない。おかしくないよね?!

それからは男同士ってどうスルのか調べてみたり、もしかして自分もソッチの趣味だったのか確かめる為に男同士のAV見たりしてみたけれど、友人以外には完璧な拒否反応。つか、そもそも尻の穴ってなに、あそこは出口であって入口じゃないでしょ?

だけどさ、求められたら恋人同士なんだし? 拒否とか俺だって嫌だし、受け入れなきゃいけないのかなーとか、そもそもそういう意味で好きなのかとか気になるし、もう、頭の中メチャメチャ。

「おい、本当に具合悪いのか?」

「え、そんな事無いよ、ちょっと考えごとしてただけ」

突然黙った俺を心配したのか、友人は心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。本当、優しい奴。

普通に好きになって付き合えたなら気にしないで居られた筈なのに、間違いから付き合ってみたら好きになってしまったなんて今更言えない。好きになれば好きになる程罪悪感が消えない。

「……、お前の事好きだなって」

ちゃんと好きになってから言いたかった。間違えなきゃこんなに好きになれなかったのはわかっているけど、間違いたくなかった。

本当の事を言った方が良いのか、それは自分だけが楽になろうとしているのではないか?
本当の事を言った結果、嫌われてしまったら俺は耐えられるのか?

いつも通り優柔不断な俺は答えを先送り、別れる未来を想像しては悲劇のヒロインぶっている。俺が原因の癖に馬鹿みたいだ。

ふと、横を歩いていた筈の友人が消え、振り返ると奴は口元を押さえて立ち止まっていた。慌てて友人の傍へ近づくと、何かに驚いたような表情のまま硬直している。

「どうした?」

「初めて」

「ん?」

「初めて、お前から好きって言われた」

「え、だって俺から告白」

「それはメールだろ? 言葉では初めて、やばい、泣きそう」

つか、泣いてる。
いい年した男がボロボロ涙流して泣いてるって、俺が泣かしてるみたいで、いや、俺が泣かしてるんだけども。

ポケットを探っても出てくるのは良くわからないゴミばかりで、颯爽とハンカチとか渡せればいいのに何もなく、多少擦れるのは我慢して貰うとして、服の袖で眼元を押さえるとしみ込んだ涙がちょっと冷たい。

「俺、好かれてんなぁ」

「馬鹿、当たり前だろ!」

そうか、当たり前なのか。
悩んでる俺が馬鹿みたいな友人の潔さに口元が自然と緩んだ。

「なあ、家に帰ったら話したい事がある」

「ん?」

「今の俺はお前の事がすっげー好きで、嫌われたらしばらくは立ち直れない事を念頭に置いて話を聞いてほしい」

「なんだそりゃ」

「……運命的な、間違いの話?」

首を傾げる友人……、恋人に俺はにっこりと笑いかけた。

俺も、当たり前みたいに、お前が好きだよ。


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あきゅろす。
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