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◆短編
HIDE AND C君2
周りの人から存在を認識されなくなった僕だったが、高校のクラスメイトの『中野』には見える事が判明し、なんとなく友達のような関係になっていた。
口に出して友情を確認した訳ではないから、中野が僕をどう思ってるのかは謎だけど、たまに会って話す関係は悪くない。

日曜日の今日はテスト前で部活が休みらしく、中野が買って来てくれたアイスを食べながら公園のベンチでだらりと過ごす。
もしかしなくてもこの状況を傍から見ると『アイスを食べながら独り言をつぶやくちょっと強面の学生さん』なのだろうか?

「今日、何してた?」

「ふっひん」

「アイス頬張りながらじゃわかんねぇって」

口に含んだバニラアイスの冷たさと格闘しつつもなんとか飲み込むと、中野に向かって改めて口を開いた。

「腹筋」

「鍛えたいのか?」

「全然、でも最近お腹が柔らかくなった気がしてさー。学校に行ってた時は体育やら通学で、無意識に歩いてたんだなーってしみじみ思うわ」

以前は惰性で通っていた学校だが、姿が認識されなくなって一週間ほどでいかなくなっている。
勉強自体は好きでも嫌いでもなかったから学費が勿体無い気がしたけれど、学校には人がたくさんいるからこそ存在のない自分が空しく感じられ、そして怖くなった。

一度行かなくなると再び行こうとは中々ならないもので、卒業した中学校のようになんだか自分には不釣り合いな場所になってしまったような印象だ。

「んで? その腹筋は何回ぐらい?」

口にアイスを咥えたままだったので、指で三を作って主張する。

「……三十?」

「三回」

「なんでそれを今日した事にカウントしようと思ったんだよ」

「他には特に何もしてないから?」

「お前って奴は……」

しょうがないじゃないか、明日筋肉痛になりそうな気配がしたんだから。
筋肉痛はだるい、凄くだるい。

「中野は? 最近何か変わった事あった?」

食べ終わったアイスの棒を指先でびょんびょんさせながら何気なく中野に尋ねると、アイスを口に運ぼうとしていた手をピタリと止めてゆっくりと手を下に下げていく。
良く見ればあまり食べていなかったのかカップの中のアイスはあまり減っていなかった。

「……金曜日に席替えがあった」

「テスト前なのに? 変な時期に席替えするなぁ」

「席替え自体は構わねぇよ。今まで話さなかった奴とも仲良くなれるいい機会だと思ってるし、教室の見え方が変わって新鮮だからな」

「ふぅん」

席が変わっても変わらなくても自分を取り巻く世界など変わった事が無い僕にはピンとこない話だが、何事も前向きに取れる中野の考え方は嫌いじゃない。
後ろなんかないみたいに前向きだったからこそ僕の事が見えたのかもな。

「席替えはいい。が、問題は椎名の机だ」

「僕?」

自分に向かって指を向ければ、神妙な顔で中野は頷く。

「椎名の机が片づけられちまうんじゃないかと思ってよ」

「別に学校行かないからいいけど」

「行きたくなった時に困るだろ」

「そういうもんかな」

行きたくなるような日など来るのだろうか?
馴染まなかった教室は、今ではもう他人みたいに遠く感じる。

「それに結論から言えば椎名の机は片付けられなかった」

「おお、よかったんじゃない?」

「クラス全員、先生すらも、誰の為の机なのか認識してねぇのにその机がある事を受け入れてる」

「え?」

「誰も使わないと思っている筈なのに、何の疑問も持たず新しい席へ机を移動させてんだ」

退学や転校などで使う人がいなくなった机は、三階の空き教室に集められている。
本当に僕が認識されていないのなら、机はとっくに片づけられている筈なのに、なぜ今もまだ片づけられていないのか。


「……、…………、こわっ」


僕の存在が少しでも残って嬉しい! とか、戻れる場所があって幸せ! とか思う場面なのかもしれないが、聞いた限りではただ怖い。
背筋が急激に冷たく感じる。

「怖いよなッ!!! よかった、俺だけじゃないよな!!!」

吠えるようなため息を吐いた中野は同意を得られたのが嬉しかったのか、いつもより心持ちテンションが高い。
手に持っていたアイスのカップは力が入り過ぎたのか、はたまた水滴の所為かぐにゃりと形を歪めていた。

「怖いよ! すっきりきっぱり忘れてくれてる方がまだ怖くないんだけど、うわ、うわっ、鳥肌たったっ!!!」

「これ怖いと思ったら椎名に失礼なんじゃないかと考えちまったり、不快になるかもしれないから伝えない方が良いと思ったんだけど、椎名の事わかるのって、俺と椎名だけだからさぁ!!!」

「不快じゃないけどこえーよ!!! もし中野が卒業してもずっとあの教室に俺の机が残ってたら……」

「やめろ! 怖い話は苦手だって言っただろうが!」

「ひゃははは」

本気で怖そうな中野に、楽しくなってついからかうような事を言ってしまう。
笑ったのなんていつ以来だろう?

こんなに人とたくさん話したのなんて、いつ以来だろう?

「……椎名は意外と大人しいだけの奴じゃないよな」

「え、あ、ごめん、嫌だったか?」

「全然。思ってたよりずっと話しやすかった。もっと早く話しかけてればよかったな、隣の席だし」

「あー、休み時間は大体寝てたしなー」

虐められていた訳でもないのだが、仲間と明確に決めてつるんでる奴もおらず、一人なら硬い机に突っ伏して寝ている方が気分が楽だった。
枕にした腕の間から見る世界は小さくて、このぐらいの世界なら自分も存在していていいような気がしたんだ。

「テスト終わるまでは早く帰れるし、またこうやって話そうぜ」

「いいけどテスト大丈夫なん?」

「学年十位以内だぞ、俺は」

「うっそ、赤点ギリギリヤンキーじゃないんだ」

「お前は……」

「むぎゅぅうううッ!」

中野の手が俺の頬を片手で軽々握りつぶした。
口をアヒルのように尖らせながら、大きな手から漂うアイスクリームイチゴ味のフレーバーになんか笑ってしまう。


次の日、腹が痛かったのは笑いすぎた所為で、三回の腹筋による筋肉痛ではないと思いたい。

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あきゅろす。
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