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◆短編
HIDE AND C君 
嘘のような本当の話。

僕は世界に認識されなくなってしまった。
元々影が薄くファミレスでは僕の分だけ水が出なかったり、会計を頼もうとしたコンビニでは店員に話しかけるまで気付いて貰えないなんてしょっちゅうだ。

そんな僕だからか両親との関係も希薄で友達もいない。
自分の境遇に嘆いたのも小学校の低学年までで、今となっては諦めていた。

頭の良い奴、運動が出来る奴、かっこいい奴、人には様々な個性があって、僕の場合たまたまそれが影の薄い奴だったという事なのだろう。
少し……、いや、かなり嫌だけれども。

「しかしこれは予想外だよなぁ……」

陰が薄いどころではなく、僕の存在が世界から消えてしまっている。

もしかして自分が死んだのかもしれないと頬をつねってみたり、壁にぶつかってみたりしたけどやっぱり痛いし、鏡にだってちゃんと映っていた。
試しに浄化作用があると聞いたことがあった塩を自分に振りかけてみたけれど、結局身体がジャリジャリしただけだ。

僕の両親は冗談の類を言うタイプではなく、非常にまじめな性格なので、僕の事を故意に騙しているとか無視をしているとは考えづらい。
現状『存在が認識されなくなった』というのが一番的確だ。

「どうしよう……、全然困らない」

僕という存在自体は認識されていないものの、僕が食事をしていても、トイレに入っていても、お風呂でのんびりしていても誰も疑問に思わない。
他の人の脳内でどういう処理がされているのかは不明だが、僕自体は認識されていないのに僕の行動は否定されないのだ。

ファミレスで注文を頼む事は出来ないがバイキング形式なら問題はないし、会計もレシートとお金を置いて呼び出しボタンを押せば、僕自身を認識していなくてもお金を取ってお釣りを置いてくれる。
呼び出しボタンが無い映画などは、お金だけ置いて勝手に入ってしまえばいい。

多少困っている事と言えば髪の毛で、存在を認識してもらえないと切って貰いようがない。
それでもまあ不恰好になったとしても誰にも見えないのだから気にする事もないだろう。

まだ学生なので生活費は両親の財布から勝手に失敬しており、若干心が痛むものの生きていくためには致し方ない。
姿が消えてから数か月経っているというのに、僕はまったく困っていなかった。

「……散歩いこうかな」

振った腕の反動で起き上がると緩慢な動作で部屋着から着替え、誰の返事もないとわかっているのに癖のように『行ってきます』と言って外へ出た。

夕方に差し掛かった時間の空気は独特で、温かいのに風は肌に冷たい。

母親と手をつないで買いものから帰ってくる子供
道すがらあった近所の人と話し込むおばさん
自転車を押して徒歩の友達と並んであるく中学生

世界はなにも変わっていないのに僕だけが異質で仲間外れだ。

衣食住はすべて揃っているし、今のところは困ってはいない。
その気になれば完全犯罪だって出来るのだろうし、一人で生きていくのも難しくは無いのだろう。

だけど凄く怖い。

もし今僕が死んだとして誰か僕に気付いてくれるのだろうか?
そもそも誰にも認識されていない僕は生きていると言えるのだろうか。

すれ違う誰もが僕を見ない、話しかけた誰もが僕に気付かない、家族でさえも僕に話しかけない。

「幽霊の方がマシだったのかもな」

死んでいるのなら諦めもつくのに、痛みも悲しみも寂しさも残っているものだから弱虫な僕は自殺も出来る気がしない。
これから先、無為に生きて何が残るのだろう?

安全性が、危険が、衛生面が、と遊具の取り払われた公園で変わらず残っているベンチに座り、自分の足を抱えながら夕日を見つめる。
今日の夕日は目に痛いぐらい赤く、なんだかとても切ない。

「どうしたらいいんだろ……」

「椎名?」

「……帰ろうかな」

「違うのか?」

「お腹すいたな」

「おい、無視すんじゃねぇ」

「ふぎゃっ!」

ボスンと背中に走る衝撃に、慌てて僕は振り返る。
夕日の逆光で良く見えないけれど、背後にいた人物は僕が通っている高校の制服を着ているように見えた。

「え、えっ?!」

「お前、椎名だろ? 学校辞めたのか? 先生も周りの奴らもお前の事を始めからいなかったみたいに扱うし、席はあるのに出席を取らないしで、すげー怖いんだけど」

どうやら僕にぶつけたらしい鞄を振り回しつつ、こちらを睨んでいる彼には僕が見えているようだ。
驚きと嬉しさがない交ぜになった感情で、言葉がたどたどしく舌が上手く回らない。

「あの、僕の事、見えてる?」

「はぁ?! 何、お前幽霊か何か? 怪談とか苦手だからやめてくれよ!」

「死んでない、とは思う。でもみんな僕の事を認識してないんだ」

「いるじゃん。影薄いけど」

「あはは、ここ数カ月親にも認識されてないよ」

「なにそれ、すげー寂しい。辛くねぇの?」

グサリ

直球な言葉が心を抉る。

人数に入らないなんて当たり前。
気付かれないのは慣れている。
無視されるのもいつものことだ。

だけどこの状況が辛くない訳ないじゃないか。

「う゛〜〜〜〜!!!」

「ちょ、おま、泣くなよ! つか鼻水垂れてる、汚ねぇッ!!!」

「らって、人と話したの、数か月ぶりで、いきなりみんな気付いてくれなくて、僕、怖くて……!!!」

涙と一緒に口からボロボロと感情が溢れ出す。
誰かと話すのがこんなに大切で、幸せな事だなんて思わなくて。

子供みたいにエンエン泣く僕を、慌てながらも彼は見捨てず僕が泣きやむまで待ってくれた。
鞄をぶつける短気な一面もあるようだが、意外に付き合いが良いらしい。

「もー、ハンカチないからユニフォームで顔拭くか? ちょっと汚れてるけど」

「やだ、汗臭そう」

「て、てめぇ……」

「あ、あのさ」

さっきから気になっていた大事な事を聞いておきたい。
ずっとずっと気になっていた。

「おう」

「誰?」

「……、隣に座ってるクラスメイトも覚えてねぇから忘れられちまうんじゃねぇの」

「むがっ!」

顔にぐりぐりと押し当てられたユニフォームはやっぱり汗臭く、なるべく匂いを吸わないように息を殺すのがやっと。
だけど、誰にも認識されなくなって初めて僕は息が吸えたような気分だった。


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