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◆短編
踊るレジスター5
「指先に身体の熱を集めるように力を込めて、炎をイメージしてください」

「イメージ?」

「そうです。炎の熱さを、エネルギーを、動きを」

「熱さ、エネルギー、動き」

炎と言われて思い出したのはお盆休みに行った田舎の爺ちゃんの家。

都会みたいに住宅が密集してないからか、裏庭でゴミを燃やす習慣があった。
丸めた新聞紙に火をつけて長い鉄棒でかき回すと、赤い火の粉がパチパチと音を立てて散る。

小さい頃は危ないから見ているしか出来なかったけれど、燃えてなくなる様をただじっと見守っているだけでも楽しかった。

ムッとするような熱気
目に眩しい火の粉
火がすべて焼き尽くす

炎のイメージ。


「幸平様」

「は、いっ!」

黄昏に名前を呼ばれ、昔を切り取った映像が目の前にあるような錯覚から覚める。
まるで夢の中に居たような浮遊感から突然現実に帰った所為か、今まで何をしていたかあやふやだ。

「御見事にございます」

「へ?」

「簡単な説明だけで炎を操る術を会得してしまうとは」

嬉しそうに目元を細めた黄昏の指が、ゆったりとした仕草で俺の手を指差す。
ゆったりとした動きに合わせて手元に視線を降ろしていくと、指先に100円ライターぐらいの火が灯っていた。

「うおぁっ?!」

慌てて手を振り火を振り払うと、火は忽然と指先から姿を消していた。
確かに感じていたはずの火の揺らめきも、エネルギーも、覚えているのに、今では火があった痕跡すらない。

「流石でございます」

「あ、ありがと……。というか改めて人外だなぁ、俺」

「幸平様は神ですから」

黄昏も銀狐もほかの皆も俺の事を神と慕ってくれるけれど、俺はといえば相変わらず、神だなんて実感はわいていなかった。
しかしこうして炎を操る術を使ってしまえる辺り、俺がなんだか不思議な力を持っているのは疑いようもないのだろう。

(炎の魔法、なんか、マジックポイント3ぐらい減りそう)

実際の術がそんなパラメーターで管理されてるのかは知らないけれど。

「黄昏。この炎がそんなに熱くないのって、幻かなにかだからなのかな?」

火が灯っていた指の爪を逆の手で撫でてみてもつるりとした表面はそのままで、火傷はしていないし痛みもない。
そういえば火が灯っていた時も火が持つ独特の熱量は感じていたはずなのに、不思議と『熱い』とは感じなかった。

「いいえ、術で生み出された火は術者を傷つけません、そうじゃなければ炎の術を使う度に火傷を負ってしまいますし」

「あー、言われてみればそうか」

使う度ダメージを負っていたら実用性に欠ける。
それならマッチやライターを買って使っている方が便利だろう。

「それに俺が幸平様を傷つけるような術を教える訳ないじゃないですか」

美形と言って遜色ない綺麗な顔を満面の笑みにして、黄昏は俺に微笑む。
それはもうこの世で最も愛おしく、尊く、気高いモノを見つめる瞳で……。

「そうね、ソウダネ」

えっと、そう、あれだ。
美形の無駄遣い。


ここにきてしばらくの時間が経ち、俺は神として生きる為に前任者である黄昏に様々な事を習い始めた。
立居振舞一つとっても細やかなルールがあり、覚えるだけでも頭がパンクしそうになる。

それに俺は現代日本でも常識な事をあんまり知らない。
畳の模様部分をヘリっていうのも知らなかったし、踏んじゃいけないのも知らなかった。
あれは子供がその部分だけを踏む遊びの為にあるんだと、意味のない確信を持っていたぐらいだ。

「ヘリは畳で一番痛みやすい部分ですから踏まない方が長持ちします。それに物の境界は結界の役割も担います、踏む事によって結界を穢す事になってしまいますから踏まない方が良いのですよ」

黄昏はそんなアホ発言をする俺に、根気よく付き合って教えてくれる。
わからない事を聞いても嫌な顔しないし、こっそり神殿を抜け出して遊びにいっても怒鳴ったりもしない。

……まあその後に必死の形相で探されるから、それはそれで困るんだけども。

ちょっと、いや、かなり過保護だけどいい奴だと思う。
俺がいなければそのまま神としていられたんじゃないかと思うぐらい。

(見た目は神々しいし)

「幸平様?」

急に黙り込んだ俺の様子を見る為か、黄昏が身体を屈めて俺の顔を覗き込む。

(身長も高いから色々見通せそうな感じするし)

スッと手を伸ばして黄昏の頬に触れる。

「こ、幸平様、な、なんっ!」

シャープな輪郭に通った鼻筋、狐らしいつり目は精悍さを際立たせている。
薄い唇は少し冷たい印象を受けるものの、黄昏自身の魅力を削ぐ事は無いだろう。

「こ、こうへい、さま あの」

量の多い黄昏の髪の毛はふんわりしていて、手のひらでフワフワさせると焼きたてのパンを食べる前に似た幸せを感じる。
ピンと立った耳がプルプルして可愛くて、ちゃんと耳として機能しているのが不思議な感じ。

尻尾も、もふもふしてるんだろうな。
……、触りたい。

「幸平様ッ!!!」

「は、はいっ!」

あ、やばい。
なんかボンヤリしてる間に黄昏の事をべたべた触ってた気がする、というか触ってたね、うん。

身体をブルブルと震わせた黄昏は、顔を真っ赤に染めて俺をキッと睨んでいる。
その眼元にはちょっと涙が浮かんでいて、口は真一文字だ。

「お、怒った?」

「怒ってはいません。ですが、幸平様は私が触ると逃げようとするのに……」

「自分で触るのは割と平気、っぽい?」

同性に抱きしめられたり、撫でられたり、一緒に寝ようと誘われるのはお断りしたい年頃だけど、自分から触るのは結構楽しかった。
知らなかったけど俺って結構、動物好きなのかも。

「突然毛づくろいするなんて、幸平様はふしだらです!!!」

そう叫ぶと黄昏は真っ赤にした顔を手で覆いつつ、襖を突き破って部屋の外へと走って消えた。
激しい足音が聞えなくなると賑やかだった部屋は急にシンと静まり返る。

「……どういう事なの」

静かな部屋に響く俺の声に返事をする者はおらず、ただ破壊された襖だけが妙に現実的だった。


後日、毛づくろいというのは愛情を伝える行為だと知った俺は、海よりも深く己の軽率な行動を反省する事になる。


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あきゅろす。
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