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◆短編
君は僕の特別
馬鹿だとかよく言われるし、自分でもそう思う。
俺は勉強嫌いだし出来ないしつまんないし、勉強もきっと俺の事が嫌い。

でも今まであんまり困った事は無い。

かーちゃんにはテストの点が悪いって尻を蹴られた事はあるけれど、それでも馬鹿は風邪ひかないからその分でお相子だって言って貰えていたし、とーちゃんには俺の子が頭良かったらかーちゃんの浮気を疑うって笑われた。
とーちゃんも蹴られてた。

だけどね、今ちょっと困ってる。

「〜〜〜、と、いう事なんだけどわかるかな?」

「わ、わかりませんえん」

そもそもこの人、今、日本語話してた?


高校を卒業してからその日限りのバイトで食いつなぎ、フラフラと遊び歩いていた俺を仲間たちは心配してくれて、いろんな仕事を紹介してくれた。

建設現場に、コンビニに、スーパーの陳列に、販売員に、ガソリンスタンド。
どれもそれなりに馴染めたし、やってみればすぐに仕事も覚えられたけれど、なんでだかすぐに嫌になってやめてしまっていた。

そんな中、先輩が紹介してくれたのが今の仕事、住み込み三食つき 昼寝はなし。
先輩の彼女の親戚の友人の兄弟の同僚の嫁さんの知人の家とか、それって他人じゃね? って俺でも突っ込み入れたくなるようなこの家は、入口の門が俺の部屋より横長い。

ドラマとかで見る金持ちの屋敷に超興奮した。
写メとか取りたかったけどグッと堪える、そういうの駄目らしいって仲間から聞いたからね。

俺の仕事はこの家の次男のお世話係。
といっても、次男……、秀行さんは俺より年上で世話が必要だとはあんまり思えない。

部屋の掃除とか、洗濯物を籠に入れて運ぶとか、夜遅くまで勉強する時の夜食の準備とかは全然OK。
かーちゃんに「馬鹿でもいいから一人で生きていけるようにしときな!」って尻を蹴られながら教わったから、家事は一通り出来る。

だけど話が壊滅的に合わない。
そもそも何を言っているのかわかんない。

「夏芽には難しかった?」

「ん、んー……、難しかったかすらわかんないデス」

「そ、そう? 確か中学ぐらいで習う筈なんだけど」

「記憶にない」

「いっそ清々しいなぁ……」

少しだけ呆れを含んでいるものの、秀行さんは俺の反応を楽しそうに笑う。
眼鏡越しに細められた目は嫌な感じがしない。

俺は馬鹿だけど人の悪意には敏感なんだ。

馬鹿にされるのには慣れてるけど、その言葉を受け入れられる人は限られている。

俺の事を馬鹿だと言いつつ心配してくれるかーちゃん。
馬鹿は遺伝だからしょうがねえよと笑うとーちゃん。
馬鹿だからこそ心配してくれる仲間や先輩。

みんな大好き。

「秀行さんは俺の事、馬鹿って言わないね」

「僕は人の事を言えるほど賢くないからね。それに僕は家事なんかはからっきしだし、夏芽の方が生活力があって凄いって思うよ」

「ほんと? 俺凄い?!」

「うん、夏芽は凄いよ。僕から見ると自立してるし、たくさん友達がいるし、頑張り屋さんだし、夏芽は凄い」

「ふへへ……」

秀行さんが俺の頭をくしゃりと撫でた。
秀行さんの長くてきれいな指が俺に凄く優しく触れてくれるので、思わず俺はにぱーっと笑ってしまう。

笑うのは相手に嬉しいって伝えられるから便利。

だけど秀行さんはそんな俺を見て表情を暗くする。

「……、秀行さん?」

「だけどそろそろ離れないと駄目かもね」

突然の言葉に身体がビクンと震え、身体がスゥッと冷えていく。
離れる? 離れるって何? どういう事?

「えっ! 俺、なんかした?! 俺クビ?!」

「夏芽は何も悪くないよ。それに俺の勝手で夏芽の仕事を奪ったりはしない。ただ俺の担当からは外れた方がいい」

「クビみたいなものじゃん!」

つまり秀行さんと今みたいにおしゃべりしたり、仕事しながら色んな話を聞いたり、俺の友達の話をしたりも出来なくなるって事だろ?
それに離れた方がいいなんて言うけれど、それってつまり俺に近くにいて欲しくないって事じゃん?

「じゃあ俺、この仕事やめる」

「えっ?!」

「秀行さんに嫌われてまで、この屋敷での仕事、続けたいなんて思わないもん」

「……、嫌いじゃないよ」

「じゃあ何で?! 離れた方がいいとか、悪くないとか言われたってわかんないよ!」

息を吸おうとした鼻がズッと音を立てて、ようやく俺はちょっと泣いている事に気が付いた。
秀行さんに嫌われたのが、泣くほどショックだったんだ。

「夏芽」

秀行さんの指が俺の頬を撫でる。
その動きはいつもみたいに優しくて、それがまた涙がこぼれてしまう。

「嫌いじゃないんだ、……好きなんだ」

「好き?」

「そう、夏芽の事が好き。だから夏芽は離れた方がいい」

「俺も秀行さんの事、好きだよ?」

なんで好きだと離れなきゃいけないの?
だって先輩と彼女さんは離れたくないって言ってたし、かーちゃんととーちゃんだって喧嘩しつつも一緒にいる。

秀行さんの言っている事がわかんない。

「ありがとう。でも夏芽が言う好きは仲間みたいに好きなんでしょう?」

「うえッ? 好きに種類なんてあんの?」

「ある。たくさんの人が好きでも、その中に特別な好きがあるんだ」

特別、特別。
俺がいい肉を食べる時、緊張するみたいに好き? 違う?

「秀行さんは俺の事、特別に好きなの?」

「そうなるね。僕は堪え性のある方でもないみたいだからから」

「じゃあ俺も秀行さんの事を特別に好きになればいいんだ!」

凄い! 馬鹿な俺にしては超名案!
今でも秀行さんの事は好きだし、ちょっと頑張れば特別に好きになれそうな気がする!

「え……、え?」

「俺、頑張るね!」

「う、うん」

茫然とした表情で頷いた秀行さんに、俺はニパッと笑いで返す。
明日から、いや、今日から特別に好きなるよう頑張る!


……でも、何をすればいいんだろ?



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