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◆短編
僕の永久就職
「最近ちょっと集中力が足りてないんじゃないか?」

「あたっ」

職員室に呼び出された僕の頭を丸めた教科書で頭をポコンと叩いた先生は、心配そうな表情で僕を見た。
カサカサの乾いた手のおじいちゃん先生はこうやって生徒の事を心配してくれるとても良い先生だ。
ちょっと手は早いけど真剣に考えてくれているのがわかるからか、他の生徒にも人気があるし僕も慕っている。

最近成績が落ちた僕の事を心配しているのだろう。
叩かれた痛みは殆どないくせに、心配させてしまったことに少しだけ心が痛む。

「まだ実感が湧かないかもしれないけど、将来の夢とか想像してもうちょっと踏ん張ってみろ」

「将来……」

先生の言葉を鸚鵡返しに繰り返し、モゾモゾと決まり悪く自分の指を動かした。
言える訳も無いのに言いたい、言えない。

「ん? なにか夢があるのか?」

「夢、というか将来なろうと思ってるものなら……」

「そうか、じゃあそれに向けて頑張ってみろ!」

バンバンと強く背中を叩かれて、僕の身体は前につんのめった。
皺だらけの顔をクシャクシャに歪めて笑う先生はとっても嬉しそうで、僕は言葉を飲み込んだ。

言えない。
言ったら絶対に心配させるだけだから。

先生、僕は勇者なんです。



「ただいまー」

玄関のドアを開けると僕の声を聞きつけた母が台所からひょこりと顔を出した。

「おかえり、おやつ食べる?」

「食べる食べる」

菓子鉢に入ったおやつを受け取って、しばらく勉強するというと母はニヤニヤと笑う。

「なんだよ……」

「いやぁ、私の子にしては勉強好きだなぁと思って。お父さんに似たのかしら」

お世辞にも美人では無いが愛嬌のある母と、真面目しかとりえのない父ならば父似な気がするが、それを嬉しそうに言われても子供としては嬉しくない。
それに勉強すると言ったものの、実際は……。

「ご飯になったら呼んで」

「はいはい、頑張ってね」

鼻歌交じりに台所戻った母を横目で眺めながら、自室のある2階に行く為に階段を昇る。
徐々に自分の部屋が近づいて次第に鼓動が高鳴ってくるのがわかった。

扉の前に立つと触れてもいないのに勝手に扉が開き、招くようにキィと金具が音を立てる。

「ただいま」

隠しきれない嬉しさで口元に笑みを浮かべながら室内に足を踏み入れた。

他の人には見えないらしい異様な光景。
大きな手がジワジワと僕に近づいて、形を確認するかのように大きな親指で頬を撫でた。

『おかえり、私の勇者』

「ただいま、僕の魔王」

ちゅと音を立てて唇を当てると手の平はビクンとふるえ、少しだけ赤く色付く。
これだけで指先まで赤くしてしまうなんて、顔はどの位赤くなってるのだろう?

机の上に菓子鉢を置き制服の上着を脱ぐと、皺にならないようにハンガーにかけた。
その間もそわそわと手は僕の周りを動き回り、足や脇腹を優しく撫でる。

「こら、そんなに触られたら着替えられないだろう」

『す、すまない』

叱られたと思ったのか、しゅんと軽く握られた指先が可愛くて思わずくすっと笑ってしまう。
こんなに好かれていて嫌いになるわけないのに。

「じゃあいつも通りに僕の分身を出してくれる?」

『ああ』

大きな指がぱちんと空気を揺らすと着替えた僕と同じ格好の人間が何も無かった空間から生まれ、スタスタと歩くと机に向かった。
教科書を広げノートにアンダーラインを引く姿は、まるで自分が勉強を始めた録画のようだ。

菓子鉢から半分だけ取ると残りを机の上において僕は大きな手の平に身体を寄せた。

「いいよ、連れて行って」

服にお菓子を包んで手にしっかり捕まると、ゆっくりと床に沈んでいく。
自分の身体が世界から隔離されていく不思議な感覚はまだ慣れないけれど、僕を抱きしめる魔王がとても嬉しそうに笑うのでそんな事は些細な問題になってしまう。

『寂しかった』

「たった半日なのに?」

『ああ、寂しくて身体が引き裂かれそうだ』

大きな手の持ち主に相応しく、僕の3〜4倍はある身体全体で僕を抱きしめる腕はただひたすらに温かく、大事なものを扱うように優しい。
大きな顔を両手で掴み唇にちゅ、ちゅとキスをすると、端整な顔立ちが真っ赤に染まり、その身体が小刻みに震えた。

可愛い、好き。

自分の事を勇者と自称する気は無いが、彼にあった瞬間自分が勇者である事を自覚した。
何がどうという訳ではない、当たり前のようにスッと受け入れてしまったのだ。

普通なら魔王と勇者といえば戦う運命にあるような気がするのだが、僕は彼を見た瞬間恋心のようなものを抱いてしまった。
そしてそれは彼も同じらしく僕達は争う事無く、実に平和で幸せに暮らしている。

胡坐をかいた魔王の脚の間に座り、持ってきたお菓子を2人分に分けた。

大きな彼の為に多く分けたがいいかとも思うのだが、彼は一緒である事に酷く嬉しそうな顔をするものだから、分けられる分は同じ分量にして、半端にあまったクッキーを半分に割って彼の口に運ぶ。

僕の手を噛まないように唇で優しくクッキーを包んだ彼が、美味しそうに食べるのを見て僕も残りの半分を口にした。

『今日の学校はどうだった?』

「うーん、先生に成績が落ちてるって注意された」

『……私の所為、か?』

ショボンと寂しそうな顔をする魔王の情けない顔に思わず笑ってしまう。
もし彼に犬のような耳があったのならきっと、ぺたりと伏せてしまっていただろう事が容易に想像出来た。

「ちゃんと勉強してなかっただけだよ、魔王のせいじゃ無いから気にしないで」

『しかし私がこうやってここに呼び寄せてしまうから……』

「嬉しいよ、僕と一緒に居たいと思ってくれるんでしょ?」

『う、うむ』

こんな少しの事で顔を赤くして照れてくれる初心な魔王が愛おしくて、将来は多分勇者として彼と居るようになるから勉強は必要なくなるんだろうなぁと思いつつも、いい所を見せたいので勉強を頑張ろうと思うのだ。



いつもならもっとイチャイチャしてエッチな事もするのだが、流石に夕飯までの短い時間ではそうする事も出来ず、来た時と同じように彼の手に連れられて部屋まで戻る。

「じゃあご飯食べてくるね」

拗ねるように大きな手がモゾモゾと動き、床にのの字を書き始める。

『早く帰ってきてくれ』

あまりにも可愛らしい魔王の仕草に、胸がキュンキュンしてたまらない。

以前の僕ならご飯を食べ終わったら課題や復習をして、テレビや漫画を読んで風呂に入ったら明日に備えて早く寝るという極一般的な過ごし方をしていたはずなのに、今はこの魔王の為に食後のひと時だけでなく、この人生を全て捧げてもいいと思っている。

「一緒にいく? 姿を消してれば見えないでしょ?」

『い、いいのか?!』

「もちろん」

見えているのは手だけだというのに、とても嬉しそうな彼の顔まで容易に想像出来てしまう。
彼の人差し指を手の平でしっかりと握ると、部屋のドアを開けた。

現在、高校生。
将来の進路は勇者。

いや、魔王の恋人、かな?

誰にも言えないけれど、実現する可能性しかない僕の進路は明るい。


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あきゅろす。
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