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◆短編
踊るレジスター3
俺を怒らせたと勘違いした狐面達は機嫌を取る為か、山のように酒樽を積んで頭を下げると、逃げるように部屋から出て行った。
偽神と呼ばれた男も連れて行こうとしていたが、見えない場所で殺されても目覚めが悪いのでその場に止めさせる。

「……どうしよう」

「何がだ」

「色々。ここが何処だかわかんねーし、怖い兄さんにはファンシーな獣耳が生えてるし、俺未成年だから酒飲めないし」

「言っている事はよくわからんが、飲みたくなければ飲まなきゃいいだろ」

「こういう善意を裏切るの嫌いなんだよ!」

理由はどうあれ自分の為に用意されたモノを残して相手がガッカリした顔をされるのは苦手だ。
好意を裏切るって相手も自分もダメージあるよね。

酒のつまみと思しき美味そうなスルメを乱暴に口に放り込んだ。
モニュモニュ噛むと徐々に味が口に広がっていき、このスルメが凄く上等なものだという事がわかる、超美味い。

「こんなに山ほど積んで……、本物の神様は酒好きなのか?」

「しらん。というかお前が本物だろう?」

「わかんないよ、気付いたらどっかの森にいたんだ」

「それだけ『神』の色をしておいて」

狐男はスイと手を伸ばすと、俺の前髪を指先で摘み軽く引っ張る。
その指の動きは俺を害そうとするような痛みのあるものではなく、その形を、その感触を確認するかのように慎重で、スルリと指先から滑り落ちた前髪を見る目はどことなく苦しそうだった。

「俺は南 幸平」

「ミナミ コウヘイ? 随分長いがそれが神の名か?」

「神っていうのはよくわからないけど、俺の名前。姓が南で名前が幸平。東西南北の南に幸せに平らで南 幸平。小学生で習う漢字だから説明が楽で覚えやすい名前だろ?」

「知らん」

空気に向かって指を動かしつつ説明するが、兄さんは興味なさそうにくわぁと大きなあくびをする。
普通なら失礼な筈のその態度に安心してしまうのは、ここにいる他の奴らがあまりにも俺を特別扱いするからだろう。

俺の人生で特別扱いされたのは、小学生の頃に骨折して松葉杖で登校した時と、知らない婆ちゃんに道を教えたら学校までお礼を伝えられた時ぐらいだろうか。
俺の人生、地味すぎ?

「兄さんの名前は?」

「……、黄昏」

「なあ、黄昏さんがそのまま神様やっていく訳にはいかないのかな?」

「はぁ?! 馬鹿な事を言いやがる、さっきの奴らを見ただろう? ここの奴らは俺が俺が忌々しくてしょうがないのさ」

「だって今までは黄昏さんが神様をやってたんだろ?」

「すべては俺の髪の色が金色に似ていた所為だ、なりたかった訳でもないし続けたくもない。偽物の神は処分されて終わりだ」

そう言って自嘲気味に笑った黄昏さんの奥底には、強い怒りを感じて俺の肌をビリビリと痺れさせる。

彼の言葉を信じるのならば、彼は被害者だ。
なりたくもない神という職を押し付けられた挙句、本物だと名乗った訳でもないのに偽物だからと殺されそうになっている。


(そんな理不尽、許されるはずがない)


俺はいままでの人生で大きな決断をしてこなかった。

高校受験の時も学力が適当にあってて仲のいい友達が行く高校に行ったし、大学もみんなが行くからって適当に決めた。
大きな決断は大きな痛みを産む可能性が高く、俺はいつも痛みのない無難な道ばかり選んで楽をした。

(そのツケが今頃来たのかな)

なんて、短絡的すぎる気がするけど。

足元から何かがポコリと生じ、俺の身体の中をゆっくりとした速度で巡る。
腹、指先、肩、喉、そして唇。

それは言葉になって、世に生まれる。


「俺、神様やる」


言葉は自覚と、明確な力になる。


「俺が神様になれば黄昏さんだって平和に暮らせるし、具体的に何すればいいのかいまいちよくわからないけど俺になら出来るんだろ? だから、やる」


力は指先より生じて、涼やかで高い音を鳴らした。


『誰も犠牲にならずに生きられる場所を作る』


低く、高く、空気を振動させた言葉が響き、まるで決意表明のようだとぼんやり思う。
だが、あながち間違ってはいない。

生まれて初めて、強い意志を持ち、大きな決断をした。

「協力してくれ、『黄昏』」

黄昏に向かって手を伸ばす。
手の平を地に向けた握手とは違う手の差し出し方に黄昏が戸惑う事はなく、両手で恭しく俺の手を支えると

それが決まりのように
それが当然のように
それが節理のように

手の甲に額を押し当てた。


「――御意」


シンと音がするぐらい静まり返った部屋に黄昏の低い声が響く。
その声はとても穏やかで、彼が今まで神としてこの場にいた理由がわかる気がする。

俺よりずっと『神様』っぽい。

顔を上げた黄昏と視線があって、思わず俺はだらしなく笑ってしまう。
真面目な雰囲気とか、どう対処すりゃいいのかわからん、背中がムズムズするしなにより困る。

「あ、あのさ、黄昏…さん」

それに今更、とても今更な事を聞きたい。
かなり重要な事なんだけど、今更過ぎて聞き辛かった事。

「黄昏、とお呼びください、神」

「わかった、黄昏って呼ぶ。俺も幸平でいいよ」

「では幸平様と呼ばせて頂きます」

「う、うん、んでね、あのさ……、


コレ、夢じゃないんだよね?」

「はい?」


俺、19歳。
神様生活、始めました?

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