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◆短編
踊るレジスター1
食われた。

別に一杯食わされたとか、エッチな意味で食べられた訳ではなく、

パクリと
あっという間に
一口で

食べられてしまった。

Q、何に?
A、レジスターに。

そんな馬鹿なって思うよね、俺も思う。
でもバイト先で

「一万円はいりまーす」

と、一万円札をしまおうとしたら、パクンと一飲みに食べられてしまったのだ。

そりゃ確かに『金』髪だけどさ、俺の髪にはなんの値打ちもないのにね。

染色で痛みすぎてギシギシの髪の毛は、将来剥げそうでちょっと心配。
でもさ、一時の快楽に流されて馬鹿やっちゃうのって若者の特権じゃない?

向こう見ずっていうの?
きっと近い未来、育毛剤片手に『あの頃は若かった』なんて言っちゃう訳よ、せつねー。


「で、……ここ、どこ?」


うっそうとした森の中、なす術なく佇む俺。
一頻り現実逃避も終わったのであたりをキョロキョロと見渡すけれど、バイト先でもなければ自宅でもない、酒も飲んでないし徘徊するような悪癖も無い。

それ所か俺の住んでいる町の近くにこんな広大な森はないはずだ。
道はたとえ夜でも街灯に照らされて明るいし、24時間営業のコンビニはいつ行ってもそれなりの対応で迎えてくれる。

「夢、かな」

俺はきっとベッドの中で、バイトしている夢見ていた。
そしてレジスターに食べられるなんてありえないほどファンタジーな夢を見ている。

起きたらバイトだ。
夢の中でまでバイトしちゃうなんて、俺ってば勤労青年の鑑じゃん?
遊ぶ金欲しさにバイトしてるけどさ。

「うわぁ……、なんかホーホー鳴いてる。ふくろう?」

不気味な森の深遠を覗き込む気にはなれず、空を仰ぐと見たことが無いくらい綺麗な星空。
昔臨海学校で見たプラネタリウムの星よりもずっと綺麗。

手を伸ばしたら届きそうな煌きに、子供みたいに手を伸ばした。
届く筈ないのは知ってるのに、なんか届く気がする。

「…………」

「ん?」

ガサガサと草が鳴り、数人がこちらに近づいてくる気配がして、俺は少しだけ警戒する。
だってこんなに暗い時間に森に人がたくさん居るなんて明らかに怪しい。

まあ1人で居る俺も怪しいんだけど。

(でも夢の中なら有りなのかな)

自分でも不可思議な夢を見ているとは思う。
夢よりも現実みたいな感覚のする夢で、酷くドキドキした。

「おられるな」

「おられる、おられる!」

「今度こそ神様だとよいな」

「然り、然り!」

(……神様?)

数人が相槌を打ち合い、ガサガサと草を掻き分けながら徐々に近づいてくる。
なんか怖い、俺、殺されちゃったりしないよな、な?

例え夢の中だって殺されるのはゴメンだ。
だって怖いじゃん、目が覚めなくなったりしそう。

ガサリ……

「ぃ……、ぎゃああああっ!」

予想外の外見に俺は喉が破れるのでは無いかという程の悲鳴をあげ、その場にヘナヘナと座り込んだ。
それもその筈、やってきた人達は皆お揃いの狐面を被っていて、暗闇の中では異様なほど恐ろしく見えた。

ゾワリと背中を逆撫でられる感覚と鳥肌が治まらない。

何人居たのか森の中から次々に現れた狐面の男達は、俺の周りをぐるりと囲うと楽しげな声音で歌うように話しだした。

「ややっ、ややややっ!」

「おお、おお! 見ろ、見事な金色の神様だ!」

「ありがたや〜!」

「なんと見事な、是非ともお迎えせねば」

「然り、然り!」

恐怖と混乱でその場にへたり込んだ俺に向かって狐面達が一斉に腕を伸ばし、俺の身体が地面からふわりと浮いた。
彼らの腕に抱えられ、まるで胴上げのように腕の中でふわふわと浮く。

というか何? 何事?!
カメラ? ドッキリとかそういう類?!

(あ、いや、違う。そうだ、夢だわ)

そうか、夢か。
夢ならばしょうがない。
そういう事もある、……多分。

「皆の衆行くぞ! 神様をお迎えするのだ」

「「「「おお!」」」」

暗く静かな森の中に狐面の声が響き、俺は早く夢が醒めないかなと遠い目をした。

俺を抱えたまま狐面は冗談のように空を走り、景色が新幹線の中からの景色みたいにビュンビュン流れていく。
頬を撫でる風の感触がリアルで、リアルすぎて、ちょっと泣きたい。

「夢、だよね?」

「夢? 神様はお休みでございますか?」

呟いた俺の言葉に狐面がうやうやしく頭を下げながら尋ねてくる。
こんなに丁寧な敬語を使われたのって、初めてかもしれない。

「いや、俺、神様とかじゃないし……」

「ご謙遜を! 貴方ほど我らの神に相応しい方は居りませぬ!」

「然り、然り!」

「そのように見事な金色の髪の方が、我らの神ではない訳がありませぬ!」

「然り、然り!」

囃し立てる口調に圧倒されながらも事実を伝えなければと、俺は狐面達に負けないように声を張り上げた。

「あのさ、俺、染髪なの! 染めてるの、わかる?」

「…………」

狐面達は一瞬シンと静まり返り、そして


「はははははははっ!」


と勢いのある笑い声で大笑いを始めた。

「何で笑うんだよ、本当に染めてるんだってば」

「無駄でございますよ」

「え?」

「この国では何者も自分の色を偽る事は出来ませぬ。我らも、そして貴方様も」

狐面達は頷き合うと、ゆっくりとその身体を下へと移動させていく。
下にあるのは地面ではなく大きな湖で、丁度着地点と思しき陰のある場所は湖の真ん中だった。

「ちょ、落ちる! 普通になら泳げるけど着衣水泳とか絶対ごめんなんだけど!」

「この命に代えましても、絶対に落としたり致しません」

ゆっくりと近づく水面に怯えつつも、身体を狐面達にしっかりと支えられて安定している。
その言葉通り、支えが揺らぐ心配はなさそうだ。

「ささ、御身を御覧なさいませ」

風で波立った水面にぼんやりとした俺の姿が映った。

「なんだよ、……これ」

見慣れた平凡な自分の顔はいつも通り。
身長も伸びてないし、髪だって伸びてない。

でもその髪が、染髪の安っぽい金色ではなく、星の光を凝縮したような光輝く金色に変わっていた。

(だって、俺、日本人なんだけど)

おそるおそる狐面達に視線を送ると、彼らは深々と俺に向かって頭を下げた。


「ようこそ御出で下さいました、我らが神」


狐につままれるってこんな感じ?

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