◆短編
罪悪の蜜※R18
「どうせ貴方は誰でも受け入れるのでしょう」
責めた口調と逸らされた瞳。
唇を弄る指先はいらいらしている彼の心情を表すようにせわしなく蠢き、形のいい唇を歪めた。
私の拙い知識を動員させて考えるにこれは……。
「嫉妬、しておられるのですか?」
私の言葉に肩を震わせる彼の横に素知らぬ顔で座り、草食の獣のようにしなやかな脚に指を這わせる。
みずみずしさに溢れた若く張りのある肌は、私の指の感触にふるりと震えた。
「だとしても貴方の心には何も響かない」
否定しない事で肯定してしまっている事にはまったく気づいていないようで、少し可笑しい。
まあ、駆け引きなど出来ない素直さが彼の魅力の一つだ。
「そうでもありませんよ」
「え」
驚愕した面持ちでこちらに顔を向けた彼は何かをとても期待していて、素直に伝えたら怒らせてしまいそうだけど犬に似ている。
大きく、たくましく育ったはず犬は、いまだに子犬のような表情をして、そう……とても
「可愛い」
「うぅ……、またからかって」
「本心ですよ?」
「一層悪いのです!」
私は本心で彼の事を可愛いと思っているのだけれど、彼にとってその答えは望む答えとはかけ離れているようだ。
私と彼の出会いは十五年程前。
父親に叱られた彼が私の屋敷の庭で泣いていたのが出会いのきっかけ。
小さな身体を抱きかかえ着物の裾で涙を拭いてやると、すんすんと涙で鼻を鳴らしながら小さくお礼を言ったのを今でも鮮明に覚えている。
お世辞にも子供が懐きやすい顔立ちをしているとは言えない私に物怖じもせず、将来大物になりそうだと思ったのは昔の話。
将来大物どころか、頭を抱えたくなるくらい良家の子息で現時点で大物だった訳だが。
「私が不貞を働いたような言い方をなさいますけど貴方、それはあんまりじゃありませんか?」
「責めてなどいません」
「嘘をおっしゃい、そんな顔をして」
機嫌が悪くなると唇を尖らせるのは昔からの癖。
あまり良い癖だとは言えないけれど、何度窘めても直らないのでもうあまり言う事はしない。
「私が誰と寝所を共にしようとも貴方に責められる覚えなど一つもありはしません」
「……、私が嫌だと言っても?」
まっすぐに私を見据える黒い瞳は、怒りよりも深く私の心を抉る。
罪悪感などとっくに枯れ果てたはずなのに、彼といると失ったはずの罪悪感が再び湧き出てきてしまう。
「残念ながら私の身体は商売道具、日々の糧をこの身体で得ているのです」
幼い頃、父母に捨てられ生きていく為に身体を売った。
なんの才能も持たない自分が生きていくにはそれ以外に道はなく、そんな中でもこの年まで生きながらえ、決して若いと言えない私をいまだに贔屓にして下さる方もいらっしゃるのだから私は恵まれている方だ。
「知っております」
「そうですね、貴方もそうして私を抱く一人ですから」
数年前、客人の相手を終えた私を押し倒し、獣のように貪ったのは彼。
そんな彼に代金を要求したのは、私。
そこに利害がなければならない。
私たちは特別な関係ではないのだから。
「一回で満足したのならお帰りなさい」
つれない口調で爪で柔らかな内腿をなぞりながら、眠っている雄を煽る。
震える肌は情欲で紅潮し始め、隣から立ち去ろうとする私の着物の裾を掴んだ。
「貴方は、酷い人だ」
「存じておりますよ」
彼の気持ちを気づいていながら私はそれを正面から受け取らない。
軽い口調でごまかし
代金という壁を作り
心は決して許さない
それなのに身体だけは甘く彼を誘うのだから。
「ぁ……、ふ」
一度彼の剛直を受け入れて解れた後唇は、指先で襞を軽く突かれただけであっけなく綻んだ。
指を伝い降りてきた精液がぬちぬちと淫らな水音を立て、私の身体を拓いていく。
我が物顔で腹の中をかき乱し、押しつぶすように悦い所を抉る指は存外器用で、性格もこのぐらい器用だったら遊びと割り切り楽しめたのだろう。
いや、そんな性格だったのなら、こんな男には手など出さないか。
「んぁああ……っ」
後唇を穿つ指はそのままに、痺れるような快楽で屹立した私の雄を彼の舌が舐め上げる。
普段は私がするばかりで口淫などした事がない彼の動きは拙く、もどかしい刺激が下肢を妖しく揺らめかせた。
「客人である、貴方が、そんな事……、んっ、為さっては、…だめ、ぁあ」
黒く硬そうに見える髪は触れてみると柔らかで、引き離そうと軽く押した髪は指に心地がいい。
手入れがしっかりされている上流の青年、その口で奉仕されている背徳感が私の身体を甘く痺れさせる。
「貴方の身体も、心も、すべて。私の物になってしまえばいいのに……!」
「ぉ……ぁっ、あ」
なによりも彼の素直さが、一途さが、毒のように私を蝕み、拒めない。
「若いですね」
あれから五回程つき合わされた身体は、口から出る軽い言葉とは裏腹に重たくて動けそうもない。
下肢に至っては快楽で痺れたのか感覚が薄く、粗相をしていないか心配になってきた。
「す、すみません」
濡らした手拭いで私の顔の汗をぬぐってくれる彼は、謝罪の言葉を口にしながらもどこか嬉しそうに甲斐甲斐しく動く。
す、と視線が精液で濡れそぼつ下肢に向けられて、彼の眼元が細められる。
まるでそれは、私の身体に自分の印をつけて所有の証を得たような、そんな瞳。
さて、どうしたものだろう。
(他の客人達は純粋に訪ねてくる客だとは言わない方がいいんでしょうね、きっと)
かつて上客だった者たちも今はそれなりの老齢で、私の元に来て孫の自慢や体調の話などを楽しみ帰っていく。
そもそも上客たちの雄が使い物になるのかすら、私にとっては与り知らぬ。
「あの」
「はぃ…、ン、……ぅ」
だまし討ちのように口付けられ、肌から伝わった彼の熱は全身に広がり、私を駄目にしていく。
ねっとりと絡みつく舌の動きに翻弄されながら、ぼんやりと、後で代金を請求せねばと硬く心に刻み込む。
――そうでもしなければ、彼の慕情に溺れてしまうのは私。
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