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◆短編
至近距離恋愛!
爺ちゃんの爺ちゃん、そのまた爺ちゃんの昔から僕らの生活に異星人は居る。
それはもう、ごく自然に、普通に居る。

異星人たちは一見した見た目はそんなに人間と変わらないけれど、身体能力は人間なんか比べ物にならないほど高く、知識も人の一生では知りえないほど幅広い。

そんな彼らの科学技術はとても優れているが、地球への持ち込み禁止になっている。
異星人たちからすると地球は緑が豊富で守るべき存在で、わかりやすく例えるならば自然保護区のようなものらしく、高度な技術の代償で稀有な自然が損なわれるのを防いでいるらしい。

人間を支配下において植民地ならぬ植民星にしてしまえばいいのに、不思議な事に地球はいまだに平和そのもの。
小学生の頃に授業で習った通りなら、何種類かの異星人たちがお互いににらみ合って地球に過干渉にならないようにしているようなのだが、あまりにも異星人たちの力が拮抗しているため地球は不可侵の状態にあるそうだ。

いまでは敵対していた勢力の異星人たちが地球で接するうちに惹かれあって結婚し、地球はハネムーンの定番になりつつあったりするらしく、異星人の間では地球を種族間の諍いを無くす『奇跡の星』と呼んで一大ブームらしい。

そんな訳で僕らの日常は概ね平和だ。

家の事情で異星人のボディーガードはついているものの僕の日常に危険はまったくなく、悩み事といったらこれ以上伸びる見込みの無い身長と、僕の部屋に入るのにノックをしないボディガード、あと少々。



「若、おはようございマスー」

ばぁんと勢い良く開け放たれた扉は何代目だろうか?
彼があまりに思い切り開けるものだから、扉の寿命が短い事この上ない。

「……おはよう、毎日言ってるけどノックしてね?」

「またまたー、ワタシと若の仲じゃないデスか」

彼がノックせずに部屋に入ってくるのに慣れてしまった僕は、彼が来る数分前から起きて朝の支度をしていたし、ニパァと人のよさそうな表情で笑う彼も、僕の部屋に我が物顔で入ってくる。

異星人の彼は、僕が幼い頃からずっとボディーガードをしてくれている『エルゥ』、種族は蛙人。
読んで字のごとく「カエル」の特性を持った異星人だ。

雨が好きで雨の日は一日中ご機嫌で歌っていたり、寒くなると凄く眠そうだったり、僕を抱えたまま1階から屋上までジャンプしてみたり、水の中でもかなり長い時間活動出来たり、蛙人というのは人間が便宜上つけた種族名だけれども結構あっている気がする。

「ふふ〜ん、ふっふ〜♪」

エルゥはいつもよりも機嫌がいいのか、身体を小刻みに動かしながら鼻歌を歌う。
雨でもないのに歌うなんてよっぽどいい事があったのだろうか?

「ねえ、エルゥ。随分楽しそうだけど、何かいい事でもあったの?」

「ハイ、若は今日からお父サンの会社で社会人でショう?」

「そう、だけど……」

「だからデス。今日からワタシ、若と一日中一緒デスよー!」

僕の身長があまり伸びなかったのを差し引いても大柄なエルゥが嬉しそうにその場でクルクルと回る。
鍛えられた身体はバランス感覚もばっちりで、ふらつく事無く数度回り、ふわっと服を翻して止まった。

「まるで大学には着いて来てなかったみたいな言い方するね……」

僕の思い出す大学風景の中には当たり前みたいにエルゥがいて、僕の友達も当たり前みたいにエルゥに接していたし、本来学生ではないはずなのに普通に授業も受けていた。
とはいえ基礎知識に優れる異星人のエルゥが人間の学校で得る知識はないはずだし、時には教授に質問されていたエルゥが大学を楽しんでいたのかは疑問が残る所だが、彼は毎日笑顔だったのでそう悪いものでもなかったのだろう。

「着いていってないデスよ! ……毎日は」

「週4日ぐらい? 大体通学するのが週5ぐらいだったけど」

「週に1日も若と離れてイタなんて! なんて悲劇的なんデショウ!」

兄のような心境なのか、母のような心境なのはわからないけれど、エルゥは僕にとても甘い。
幼い僕の小さな怪我にも大袈裟に嘆き、怪我をした当人よりも悲痛な顔をしていた。

エルゥの甘さは僕が成長して社会人になった今でも変わらず、こうして赤面してしまいそうな台詞を素面で吐くから恐ろしい。

「人間の世界では過保護っていうんだよ、それ」

「イーんデス! だってワタシ、ボディガードですカラ! 若のボディを過剰に保護するのがお仕事デス!」

「うわぁっ!」

守るを体現するためかエルゥは突然、僕の身体をその腕にガバッと抱きしめた。
顔がちょうど胸元に押し付けられて服に染み込んだ香の匂いが僕の鼻を擽り、慣れているはずのその香りに動揺してしまう。

「エ、エルゥ!」

「んー、若ちっちゃくて可愛いデス。あ、モチロンちっちゃくなくても可愛いですケド!」

「何度も言うけど小さいは褒め言葉じゃないし、男に対して可愛いも褒め言葉じゃないからね!」

「でも若は可愛いからしょうがないのデス」

「しょうがなくないッ!!!」

エルゥの腕の中で逃げ出そうと暴れるものの、エルゥの腕はピクリとも動かない。
特別力を入れているように見えないのに、強固な檻のように僕を捕らえた腕は僕を逃がしてはくれなかった。

「じゃあ若、ご飯食べにイキマショー」

「こ、この体勢のまま?」

「そうデスよ? ワタシと若は仲良しサンなのでくっついていても問題ナイのデス」

「問題ある、問題あるから! このままリビングに行ったら父さんに笑われるからぁああああっ!」

「ダイジョーブですよ、お父サンは慣れてマス」

「慣れる程この体勢で居ることの方が問題だから、やだぁああああああっ!」



僕の悩み事。
これ以上伸びる見込みの無い身長と、僕の部屋に入るのにノックをしないボディガード。
心地よい腕の中、入り乱れる嬉しさと羞恥と恋心の複雑な胸のうち。

(好きだって伝えたら好きだって返して貰えるだろうけど、僕が欲しい『好き』とは全然違うんだろうなぁ)

僕を抱えたままのエルゥの腕の中、細かい振動を感じながらぼんやりと考える。

近すぎる距離も中々如何して切ないものである、と。


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