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◆短編
彼が愛が謎過ぎる件
子供の結婚しようなんて守られる確率の低い約束。

覚えがあるだろ?
結婚すればずっと一緒に遊んでいられるって安易に思い込んでさ、子供らしい浅はかさだったと思うよ。
今思い返すと微笑ましいやら、ばかばかしいやら。

「嫁に来たぞ」

本当にさ、なんでこんな事になってしまったのやら。



「どーぞ」

「ありがとう」

この部屋で1番綺麗なカップがコーヒーカップだったのでコーヒーカップにお茶を注いで差し出す。
綺麗度ならワンカップ酒の器が一番綺麗だけど、流石にあれで出す勇気はない。

客用の湯飲みなんてそもそも存在しない独り身の部屋は薄汚れて、目の前の高そうな衣服の男が酷く浮いている。
モデルみたいに綺麗な男が俺の部屋にいる、そうか、これが掃き溜めに鶴か。

そういえば最近噂でコイツの起こした会社が上場したとかなんとか聞いた。
金があるって羨ましいわぁ。

(つか、上場ってなに? よくニュースとかでトーショーイチブジョージョーとか言ってるけど)

ふと疑問に思ったが、後で調べたりはしないだろう。
おそらくきっと確実に、底辺に生きている俺の人生には不要な知識だ。

「来るのはいいんだけど、随分と久しぶりなのに突然来たな。何年ぶりだっけ?」

炬燵以外暖房器具がない部屋の寒さから逃れるようにいそいそと炬燵に潜り込みながら尋ねる。
今年の冬に押入れから引っ張り出して以来、干していない炬燵の布団は少しだけ埃っぽい。

最近休日に晴れないから干せなくて、んで折角晴れた日にはつい干すの忘れるという、どうしようもない自分の性質が邪魔をしている。
でも実は、自分の匂いが移ったこの炬燵布団結構好き。

「前にあってから3年ぶりだ、薄情者め」

「薄情って……。忙しいのは俺じゃなくてお前だろ?」

「まさか3年も何の音さたもないとは思わないじゃないか」

「だって用事ねーし」

小学生になって、男同士では結婚できないって知った。
中学生になって、家柄の違いで気軽に近づけなくなった。
高校生になって、俺の頭が悪すぎて一緒の学校に通えなくなった。
大学生にならずに社会人になって、同じ人間だけど別の世界の人間なんだって改めて思った。

幼い頃一緒に居た以外の接点が見当たらない。

「大体嫁って何なの」

「お前が昔言ったんだろ、大きくなったら結婚しようって」

「はぁ?」

遠い記憶の端にそんな記憶があるような気もするが、そんなのは世間知らずな子供の戯言だ。
子供ってなんでも出来るって思ってるから性質が悪い。

「いろいろ調べた。同性婚を認めている国もあるが、世の主流は異性婚だし世間体的にも難しい。それで行くと日本の法律で一番それっぽい養子縁組が一番いいと思うんだが」

「いや、いいと思うんだがってお前、待て」

「ん? 他に何かいい方法があるか?」

「方法なんて知らんし、考えた事もないけど! なんでお前は俺との結婚にそんな乗り気なの?!」

「約束したからな。それともアレか?」

「あれ?」

「相手から結婚を急かされると嫌になってしまうというアレだ」

「急かすも何も……」

「そうだな、急かすも何も私はもう随分と長い間待ったからな。歳もお互い27、そろそろ身を固めるには充分だろう?」

ポカンと空いた口が塞がらない。
なんでコイツは結婚に対してこんなに無駄に前向きなのか。

俺が超イケメンとか超セレブとか超頭いいとかならわかるけど、俺は顔は普通だけど貧乏だし頭は大変悪い。
やる気もないし努力とか嫌いだし、低空飛行で墜落しないように人生を生きるので精いっぱいだ。

「お前、俺の事好きなの?」

俺との結婚の約束なんてさ、黒歴史だよ。
上場企業のシャッチョさんがひた隠しにして、関係をもみ消したい男ナンバーワンだろうよ。

なのに

「………」

「……無言で赤くなるなよ」

なんか、照れてるし。
ちょっとやめて、ほだされたらどう責任とって……、いや今責任取らされそうになってるのか。

「よ、嫁とか言ってるけど俺は滅茶苦茶理想高いからな! 料理はかなり出来ないと嫌だし!」

「有名料亭板前に師事して自分で店を出せると太鼓判を貰ってきたが」

「身体がたるんでるとか嫌だし?!」

「毎日最低でも5キロのランニング、腹筋背筋腕立て伏せを100回を朝夜の2セットしているし、週2でジムに通って水泳もしているが」

「こ、向上心がないとか論外ですしッ!」

「所作の美しさを身に着けるのと外国の客人をもてなす為に茶道を習っていて、最近は新しく華道も始めた。始めてから気づいたんだが、華道は色彩感覚も磨けるし季節の移り変わりも感じられて心が豊かになるな」

「やだ、この子隙がない!」

追い詰めようとするたび、俺の方が追い詰められていくみたい。
究極超人過ぎて俺が居た堪れないっていう、わぁん。

「あ……」

「何?」

先程までのハキハキした口ぶりから一転、口元を抑えて言い淀む様は何か非常に言い辛い事を言い出しかねているように見えた。
今更何が追加されたって俺のHPはもうゼロですよ。

「あ、あの、だな……。………は、無いんだ」

「は? ゴメン、聞こえなかった」

ポショポショと何かを言ったのはわかったけれど、明確な言葉になって俺の耳に届かない。
聞き返した俺を軽く睨みながら顔を真っ赤にしたまま、やっぱり小さい声でぽつりとつぶやいた。

「……、性的な事を、した事がない」

「はいぃ?」

「し、仕方がないだろう! 初めてを重たく感じる者もいるらしいが、私はお前以外と! ……、したくないんだから」

ガンと横殴りにされたみたいな凄まじい衝撃が脳を激しく揺さぶった。

なんかね、なんか、あらゆる意味ですっごい事を告白された気がする。
コイツが童貞な事にも驚くし、俺以外とセックス出来ないぐらい本気で俺の事好きなのにも心底驚く。

なんか俺、この人生を生きていて、これ以上愛される事って無い気がする。
腹の底がざわざわって、なんかワクワクってする。

「……さ」

あ、やばい? もしかしてこれやばい?
ちょっと道を踏み外しかけてませんか、俺?

「三か月程、金、貯めるのに、待ってて貰えん?」

「そ、れって」

「多分石のついてない安物だけど、指輪くらいないと、恰好、つかないし」

だって俺が夫で、コイツが嫁だったら、俺から上げなきゃイカンでしょ?
なんかよくわからないプライドだけど、そういうのって大切だよね、うん。



ボロボロと大粒の涙を零して泣く男を慰めて、抱きしめて、キスをする。
キスは2回目で初めてじゃないんだって。

初めてのキスは、初めてのプロポーズの時。

昔の自分に嫉妬するとか初体験だわ、畜生。

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あきゅろす。
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