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◆短編
美味しい夢を見ましょう
「なんで楽しい夢を見てくれないの?」

心底不思議そうな声で俺に尋ねた『それ』は、声に合わせて首を傾げた。
なんだっけ、あの、あれ、あれだ。
名前が出てこない。

ブタじゃない、カバでもない。
象じゃないけど鼻がちょっと長くて、アリクイでもなくてあれあれ。
あー、クソッ、思い出せない!

「聞いてる?」

「え、あ? えっと夢?」

何か尋ねられたのは覚えているのだが、はっきりとその内容まで覚えていないのはその正体に気を取られていたからだろう。
それにしたってボケすぎな感は否めないが。

(あ、そうか。寝ぼけてるんだ)

そうでもなければコイツみたいな、えーと……、動物が! 喋る訳がない。

「そうだよ。昔は凄く美味しい夢を見ていたのに、最近は苦くて不味い悪夢ばっかりで僕、困る」

「美味しい? 不味い?」

「だって僕は夢が主食だもの」

そういえば悪夢を食べるって伝説の生き物がいたような、いなかったような。
でも夢を主食にしてるって事は多分いた、きっといた!

「そ、それってなんだっけ?」

「僕? 僕は獏」

「それだーッ!」

バク!
そう、バク!

そうだそうだ、すっかり忘れたけどそんな感じの名前だった。
あースッキリ。

「どれなのかわからないけど、楽しい夢を見て貰わないと僕、困るんだけど。すっごく困るんだけど」

「なんで? だってバクって悪夢を食べるんだろ? 楽しい夢を見ない方がいいんじゃないのか?」

これだけバクに愛されていたなんて、俺の夢は一体どんな味だったのだろう?
夢ってふわふわしてそうなイメージがあるから綿菓子みたいな感じかな?

「普通の獏はそうだけど、僕は違う。悪食なの、ゲテモノ好きなの」

「俺の夢はゲテモノか」

「そうでしょ? いい歳して子供みたいに夢と希望いっぱいのキラキラした夢を見て、幸せが溢れてた。子供が子供っぽい夢を見なくなった昨今では珍しいゲテモノだよ」

「酷い言い方だな、おい」

確かに幼い時分から楽しい夢ばかりを見てきた気がする。

空を自由に飛び、雲を飛び跳ねて太陽でバーベキュー。
イルカの背に乗って大海原を旅して、クジラの背中で一休み。海の底には秘密の遺跡と金銀財宝。

夢の中の俺は自由で何にも拘束されない、何でも出来るヒーローだった。

「だけど最近の夢は苦しくて辛くて悲しい夢ばっかり。なんで、僕お腹が空いて倒れそうなのに」

「あ……」

――ヒーロー『だった』のだ。

大学を卒業して社会人になり、卒業してからも友達だと約束した友人とは連絡を取っても忙しいからと断られる。
相手が悪いとは思わない。思わないが寂しい。

仕事は忙しくて目が回るし覚える事もいっぱいで、息が詰まりそうな程、理不尽に満ち溢れている。

嘘を吐くなと小さい頃から教えられてきた筈なのに、客先には嘘をつけと命じられて逆らえない。
教えを乞えば『言われずともやれ』、自分で進んでやれば『勝手な事をするな』

自分の身体から少し、少しと削られていく。
それは自分が大事にしてきた夢や希望だったのかもしれない。

「……ごめん、もう、楽しい夢、見られないかも」

「えっ、やだ。困るよ、困る。だって僕、君の夢をずっと食べて来たんだよ? 他の夢じゃもう満足しないのに」

「俺も、楽しい夢が見たいけど、今のままじゃ、見られないよ」

子供の頃、早く大人になりたかった。
大人は楽しくて、大人は自由で、大人は夢いっぱいだと思っていた。

こんなに窮屈で、理不尽で、恐ろしいなんて思わなかったんだ。

「……今のままじゃなくなれば、楽しい夢を見られるのかな」

「意識して夢を見ていた訳じゃないから俺自身にもよくわかんない。だけど現実が良くなれば多少はゆっくり夢が見れるかなーって思う、かな?」

夢でいくら愚痴ったって現実が良くなるとは思わないけれど、口に出して改めて今が辛いのだと認識する。
その辛さは無意識に見れていた楽しい夢が見られなくなる程、割と重傷かもしれない。

「じゃあ僕が楽しい夢が見れるようにしたら、これから先もずっと夢を食べてもいい?」

「今までだって食べてたんだろ? 今までも困ってなかったし別にいいよ」

「うん、じゃあ、僕、ご飯の為に頑張るよ」

バクが小さな前足を勢いよく振ると、視界がぐらりとぼやけていく。
ああ、そうか、夢から覚めるのか。

「またね」

心なしか嬉しそうなバクの声が、近く、遠く、響いていた。



・・
・・・


「……い、おい、起きろ」

「うぁ、はいぃっ!」

勢いよく立ち上がった所為で激しく鳴った椅子に、オフィスに残っていた数人がが振り返り、興味なさそうに戻っていく。
自分の置かれている状況が飲み込めず瞬きをした俺に、声をかけてくれた同期が笑った。

「もうすぐ昼休憩終わるのに寝てたらまた先輩にどやされるぞ」

「あ、ああ、サンキュ。助かったわ」

「今日の午後からお偉いさん来るから、顔洗っとけ。かなりデカい会社の社長らしくて部長もピリピリしてるからな」

「あー……、便所行ってくる」

ノロノロと歩いて廊下に出ると、凝り固まった身体を解すようにグッと腕を伸ばす。
夢の中ではあんなに楽だった身体が、今重力に押されて不自由だ。

(ま、夢だしなぁ)

だがそう悪い夢ではなかった。

「……げ」

前から歩いてくる集団に一気に気が重くなる。
仕事をしない部長に嫌味の部長、うわぁ太鼓持ちの主任までいる、なんて嫌なトリオだろう。

午後から来るとは言っていたけれど、休み時間の間に来るのは正直迷惑だ、折角の休み時間は休みたい。
……まあ、さっきまでぐっすりと夢見る程に眠っていた俺が言えた事ではないだろうが。

出会ってしまったのに挨拶もなくどこかに行く訳にはいかず、仕方なく廊下の端によって頭を下げる。
大名行列のようだ、なんて頭の片隅で考えながら嵐が過ぎ去るのを待っているが、いつまで経ってもざわめきは止まず、それどころか聞こえる声に困惑が混ざりはじめた。

不思議に思って顔を上げた俺の間の前に居るのは、漆黒の長い髪をさらりと揺らした長身の男性で、その姿形はまるでモデルのようにスッとしていてカッコいい。
おそらくこの人が同僚の言っていたかなりデカい会社の社長だとは思うのだが、俺と年齢の差もそんなになさそうだ。

(天は二物どころ十物ぐらい与えちゃってるんですが、これは……)

ぽかんと口を開いたまま見るしか出来ない俺に、社長は口元をクッと上げてニコリと笑った

「……これでいい夢が、見られそう?」

「え?」

困惑する俺に、フッと小さく笑い声を残して社長は去っていく。

「こ、これも夢、かな?」

確認する為につねった頬はピリッと痛くって、俺が起きているのは確実だ。

『またね』

耳に残った声が、あの夢がただの夢ではなかった気にさせる。
そんなファンタジーな事、ある訳ない、ある訳ないんだけど……。

「やっべ、めっちゃワクワクしてる」

俺の胸は昔のようにドキドキとワクワクで高鳴っていた。

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あきゅろす。
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