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◆短編
ガラスケースの向こう側
俺の所属する部隊は、軍の中で汚れ仕事を任されドブネズミ部隊と仇名される嫌われ者だ。
蔑むようにこちらを見るくせに俺たちにコッソリ仕事を頼む奴らを俺たちも馬鹿にしているのでお互い様なのだが。

俺は主に諜報活動を担当していて、敵軍の中に入り込み情報を盗み出すのが俺の仕事だ。
軍隊なんていう厳つい奴らの集団に入っても目立たない俺の顔はお世辞にも良いとは言えず、キツイつり目でいかにも軍人といった短く切りそろえられた髪、鍛えているのでそれなりに筋肉のついた身体には無数の傷が残っている。

この仕事も嫌いじゃないし、自分が嫌いな訳ではないのだけれども、もうちょっと良い顔に生まれたかったと思わない訳ではない。

「あんな顔に生まれたかったよなぁ」

目の端に映った光景に、部屋の窓から視線を外にずらした。

そこに居るのは一般市民に対して軍のクリーンさをアピールする広報部の美形達。
爽やかな印象と甘い笑顔に柔らかい喋り方、どうやらファンクラブまであるらしいと聞いた事があるが、おそらく本当であろう。

「今日もお元気そうですね、っと」

仲間内ではすこぶる評判が悪い広報部の連中だが、俺はあまり嫌いではない。
積極的に好きな訳ではないけれど、綺麗なモノというのは物でも者でも目の保養になる。
俺にとって彼らはガラスケース越しの美術品であり、画面越しのアイドルのようなものだ。

非日常を象徴する彼らで目の保養をすませた俺は、渡された資料を乱暴に広げながら冷蔵庫から取り出した水をあけた。

「うえ、報告書ばっかりかよ」

ボトルに入った水を舌先に少しだけつけて、毒を警戒する。
良いも悪いも様々な秘密を握っている俺は生きた機密情報であり、食べるにしても飲むにしても常に警戒しなくては居られない。

食事に毒を入れられた事だって両手に溢れるし、金に目がくらんだ味方に刺されたことだってある。
毒の心配なんかせずにレアな肉に齧りつきたいけれど、生ものは寄生虫を入れられた時に危ないのでここ数年食べられていなかった。

無事を確認した水をクッと煽って喉を潤す。
最近は任務先で雨水まじりの水ばっかり飲んでいたから、綺麗な水の味に多少違和感を感じてしまう。

テーブルに資料を投げ捨てるように置くと、ベッドに勢いよく飛び込む。
あまりこのベッドを使う事はないからか、多少の埃っぽさを感じるけれどこの疲れた身体では些細な事を気にする気も起きない。

「明日からまた仕事か」

腕で目元を覆い、ポツリとつぶやいた。

この仕事は嫌いじゃない。
……嫌いじゃないが時々しんどくてたまらなくなる。


――コンコン


寝転がってボンヤリとしていた脳がノックの音で急激に揺さぶられた。

(だれかが直接殺しに来たか?)

サイドテーブルの裏から小型の銃を抜き取り、外からの狙撃に備えて壁を背にして姿勢を低くする。

先程から足音はしていたが気配を消したモノでも無かったので別の部屋に用事のある素人だろうと無警戒だった。
任務でほとんど部屋に居ない俺の帰宅に会わせて尋ねる奴など不自然すぎる。

コンコンと繰り返し鳴るノックの音は、俺が部屋に居る事を確信しているようで、その軽快さが逆に不気味だ。
警戒している俺の肌にはうっすらと汗が浮いた。

死ぬかもしれない恐怖に慣れなんて、ない。

「……誰だ?」

玄関のドアに向かって簡潔に聞く。
ドアの外の人物にも聞こえたのか、ノックの音はピタリと止んだ。

「夜分遅くスミマセン、伍長。失礼とは思いましたがお話があります」

声の気配から1人。
人数が多いよりは楽だが、この俺に差し向けたのがたった1人の殺し屋だとすれば俺も舐められたものだ。

それにしても敬語なんて、命乞いをするやつ以外では久しぶりに聞いた気がする。
ドブネズミ部隊の俺に向かって丁寧にしゃべる奴なんざいないからな。

親指で弾いてチェーンを外すと、相手の動きを図りながら鍵を開けた。

「鍵は開けた、扉はお前が開け」

スウッと息を深く吸い、……止める。
沢山の命を奪ってきた俺が真っ当な死に方をするとは思えないけれど、楽に殺されてやる気もない。

薄く、扉が開いた。

隙間から見えた服は軍服。
ああ、身内殺しは面倒なんだけどな、……しょうがないか。



「えっ!」

「……、なんだ、お前は」

こめかみに突き付けた銃の引き金を引かなかったのは奇跡といってもいい。
相手からの殺意や敵意を少しでも感じていたのなら、俺は間違いなくコイツを殺していただろう。

「わっ、わっ、わっ、な、なんで俺、殺されそうになってるんですか?!」

眼前の男は目を白黒させ、無抵抗を示すように腕を軽く開いて顔の横に上げた。
確信した、コイツ、弱い。

最低限の警戒をしながら銃を下ろして、後ずさるように離れる。
いざとなれば窓から飛び降りても怪我をしない程度の訓練はしてある、大丈夫だろう。

「何をしに来た? 目的は? それに軍服を着ているが所属はどこだ?」

「だから、お話に。しょ、所属は広報部です」

(広報部?)

軍の表面の活動を伝える広報部が、内部の黒い秘密に精通した俺にどんな話があるというんだ?
必死そうな青年の表情からは嘘を吐いている様子は見受けられず、いったいこの青年がどんな情報を握っているのかうすら寒く思えた。

「じゃあ手短に話せ」

「ええっ、手短っ!」

「グダグダとするのは好かない」

脅す為に銃口を向けると、ヒィと小さく悲鳴を上げて青年は勢いよく何度も頷いた。
広報部に入れるほどの美形だ、秘密を抱えたまま海に沈む気もないだろう。

まあ、秘密の種類によってはココで消えてもらうしかないのだが。


「う、あ、……、す、好きです!」



「……は?」

顔を真っ赤にして恥らう青年に、俺はただポカンとそうつぶやくしか出来なかった。

だってしょうがないだろう?

ガラスケースの向こう側から美術品がガラスケース突き破ってきたんだから。


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