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◆短編
若頭と僕2
「ここでの生活はどうだ? なんか苦労してたりはしねぇか?」

縁側に座った僕と組長の間には組長の用意したお菓子が山のようになっている。
僕はその中から海苔のついた煎餅を取り、パキンと割ってから口に含んだ。

醤油の香ばしい香りが鼻を擽り、ぱりぱりとした触感も手伝って食べ始めると止まらないのが難点か。
誰が考えたのか知らないが、この組み合わせを考えた人は天才に違いない。

「みんな親切で全然苦労なんてしてないよ。温室育ちの僕でもわかるぐらいみんな気を使ってくれてる」

「そうかいそうかい」

組長は目元を優しく細めると、僕の頭をポンポンと軽く叩いた。

でも僕にはわからない。
だって僕は荷物以外の何者でもないし、優しくされる理由がない。

親切にする価値もないのだ。

「組長はなんで俺の事助けてくれたの?」

「ん? 生前、坊主の父ちゃんにお世話になったんだって教えなかったか?」

「聞いた、だけどそれと僕は関係ないじゃん。借金の事だって後処理してくれたって、僕に返せるような能力ないもん、無駄だよ?」

いつか返せる恩ならありがたく受け取れる。
だけど僕にはもう何もなくて、こうして優しくしてくれる組長にも、何かと僕を気にしてくれる若頭にも何も返せない。

「そうだなぁ、無駄かもな。でも坊主の父ちゃんも助けたって無駄かもしれない俺を快く助けてくれた、だから俺も助けた、それだけだ」

「父さん……」

父さんの優しい性格につけ込んだ人は沢山いる、馬鹿にした人もたくさんいる。
だけど今、僕が、こうして居られるのは父さんが人に優しかったからだ。

沢山苦労したはずなのに、笑った顔しか覚えていない。

「それにな」

「それに?」

「若頭がおめぇさんを見込んでる。きっとアイツは大物になる、ってな」

「へっ、わっ、若頭が?」

驚いてまだ細かくなっていない煎餅を飲み込んだ。
案の定、煎餅が喉の辺りでわだかまり慌てて胸元を叩いた僕に、組長が袂から小さなジュースを出して手渡してくれる。

お礼も言わずにそれを受け取ると、思いきり傾けて喉に流しこんだ。

「くっくっ、おめぇさん、本当に若頭が好きだねぇ。ヤクザなんて嫌われてナンボだっつーのに」

「い、いいんだよ! だってあの日迎えに来てくれた僕のヒーローなんだから!」

楽しそうに笑う組長に、涙目な僕は乱暴な口調で返す。

そう、僕にとって若頭はヒーローだ。

社会的にヤクザが忌み嫌われる存在なのは知っているし、事件の話を聞いたりすると恐ろしい。
だけど世界に見捨てられた気がして一歩も進めなくなっていた僕に手を伸ばしてくれたのは若頭だった。

多少僕が若頭に対して特別な感情を抱いたっておかしくないだろう。
だってあの時の若頭は本当に恰好良かったのだ。

「オヤジ……、そいつを甘やかさんで下さい」

「若頭だ、……って掃除!」

いつの間にやって来たのか、口をへの字に曲げた若頭が腕を組んで僕と組長を見下ろしていた。

なんだか今日はいつの間にか背後に立たれる事が多い。
決して僕がぼんやりしているとかそんな事はない、はずだ、うん、きっと。

組長はとっくに若頭が来た事に気付いていたのか、驚いた様子はまったくなく、僕が残したジュースを飲みながらクックと笑う。

「別にいいじゃねぇか、それに今坊主は俺の話を聞くっていう重要な仕事をしてたんだから怒るんじゃねぇぞ? 俺が一番偉いッつーのにおめぇらは俺の話なんか聞きやしねぇからな」

「怒ったりはいたしやせん。が、三時になっても戻ってこないと食事番が探してたんで……、失礼しやす」

「へ、うわっ!」

縁側に座っていた身体がグワッと持ち上げられ、不意の浮遊感を味わう間もなく僕は若頭の肩に担ぎあげられていた。
小柄な方かもしれないがこれでも僕だって男だ、決して軽くはない。

「借りていきます」

「おう、食事番の奴にすまんかったと言っておいてくれ」

「はい」

僕を抱えたまま若頭は組長に頭を下げると、ドスドスと足音を立てて廊下を進む。
どうしていいかわからず視線をそちらを向けた僕に、組長はヒラヒラと手を振った。

「若頭、下ろしてー」

「駄目だ、お前は仕事サボるし、ウロウロしすぎだからな。食事番が心配してたぞ」

ゆさゆさと揺れる肩の上、距離が近くてドキドキする。
服越しに伝わる若頭の温度がくすぐったくて、もっともっと感じていたくて、下ろして欲しいと言いながら下ろされなかった事が嬉しい。

「若頭も僕の事、心配した?」

「あー、はいはい、心配した心配した」

「……えへへー」

煩い僕を適当にあしらおうと心配したと言ってくれているのはわかってる。
だけどそんな小さな事がどうしようもなく嬉しい。

ほんの少し、彼を独占出来た事が、嬉しい。

「嬉しそうな顔しやがって、……くそ」

「え、何、何?」

ポソリと吐き捨てるようにつぶやいた若頭の言葉は小さくて、俺には上手く聞き取れない。
聞き返した俺に、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしてギロリと睨んだ。

「なんでもねぇよ、馬鹿」

「馬鹿じゃないし、成績いい方だもん!」

勉強ぐらいはと頑張っているから実の所、成績は悪くない。
この前の考査でも日頃の勉強の成果が出てくれたのか、学年で二十位以内だった。

「ああ、そうかよ、じゃあ今度は一位取ってこい」

挑むような若頭の言葉に僕は手をグッと振り上げて大声で宣言する。

「取ってきたらぁ!」

「口悪くなっちまったな、お前」

「順応性が高いんです!」

だってね、好きな者には似てくるよ、実際。
それに全然口が悪いのだって悪くない。

だって、僕のヒーローは口が悪いけどこんなにカッコいいんだもの。


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