◆短編
青の風、豊穣の地6※R18
「真白、泣かないでくれ」
「泣いてない」
子供をあやすように優しい蘇芳の声が羞恥を煽る。
その上泣いてしまったなんて認めてしまったら、本当の子供のようじゃないか。
「そんなに目を赤くして?」
「泣いてない!」
必死に否定して目元を隠す俺を蘇芳はくすりと笑い、目元を隠した手の甲に口づけを落とした。
「真白は恥ずかしかったかもしれないが、俺は少しだけ嬉しい」
「え?」
「それだけ真白を気持ちよくさせられたという事だ」
「……、嫌いに、ならないか?」
恐る恐る手を退けて蘇芳を見つめると、俺を安心させるためにか蘇芳はにこりと笑う。
その表情に心臓がどきりと跳ねた。
「なる訳がない。どんな真白でも俺は大事に思っている」
蘇芳の言葉に胸がスッと軽くなる。
羞恥が完璧に消えた訳ではないけれど、俺にとって蘇芳に嫌われるのはとても怖い。
ここでの生活云々よりも、自分が心を許した存在が離れて行ってしまうのが怖いのだ。
それだけ深く心を許している事に自分で驚きながらも、同時に納得している。
夫婦が長い時間をかけて理解していくように、俺と蘇芳も一緒にいる間にお互いを理解していった。
だからこそ以前より深く思い合っている。
失くしてしまったら半身を裂かれるように辛いのだろう。
「蘇芳」
「うん?」
両腕を蘇芳に向かって伸ばすと、蘇芳が不思議そうな顔をして近づいてくる。
俺の失態に先ほどのような強い性欲は消えてしまったのだろう、今は甘く身体の奥でくすぶるような感触が残るだけになっていた。
「……風呂に、入りたい」
「ああ、そうだな」
流石にこのままで居られるほど恥知らずではないし、出来るだけ早く身体を清めたい。
蘇芳もそれをわかってくれたのか、床を汚さないように毛布で俺の身体を包んで持ち上げた。
「う゛」
ぐしょりと湿った下肢に嫌な感触が広がるけれど、しばしの我慢だ。
微妙な表情をしていた俺に蘇芳がクスクスと笑う。
(全てを蘇芳の所為だとは言わないが、原因の半分、いや大半が蘇芳の所為なのになんだか狡い)
恥ずかしさや照れくささも相まって、蘇芳に八つ当たりの気持ちが産まれた俺は、悪戯心も手伝って蘇芳の耳元に唇を近づけた。
「なあ、蘇芳」
「う、うむ?」
声が耳に近くてくすぐったいのか、蘇芳の声は上ずっている。
がっしりとした腕が俺を落とす事はないけれど、ぴくりと揺れたのは俺にも伝わった。
「風呂から出たら、続きしてくれるか?」
「なっ?!」
吃驚したのか、一瞬俺の身体が空に浮かぶ。
慌てて蘇芳の腕が掴んでくれたから床に落ちる事はなかったが、ひゅっと落下する感触に肝が冷えた。
だがどうやら効果はてきめんだったようだ。
「ま、真白!」
俺を抱えたまましゃがみ込んだ蘇芳はなかなか立ち上がるに至らない。
あらぬ所が『たちあがって』いる所為だろう。
その証拠に俺の身体にまた強い快楽が戻ってきていた。
「ん?」
快楽に緩みそうになる表情を必死でこらえて笑って見せる。
やられっぱなしは性にあわん。
「……、苦労するのは真白なんだからな」
「さっき言ったじゃないか、酷い事などしない、と」
「前言を撤回したい気持ちだ」
俺を支えた手とは逆の手で乱暴に頭を掻いた蘇芳は、珍しく拗ねたように口をとがらせた。
……本当は、優しくしてくれなくてもいい。
蘇芳は俺の事を壊さないようにと宝物のように扱ってくれるけれど、そこまで俺は壊れやすくはない。
粗雑に扱われたい訳ではないけれど、時には我を忘れて求めて貰いたいと思ってしまうのは我儘だろうか?
(蘇芳が本気で我を忘れたら凄い事になってしまう気がするけれど)
今回の比ではないほど強い快楽。
想像するだけで恐ろしいような、楽しみなような……。
「真白?」
「な、なんでもない!」
蘇芳と居ると俺はどんどん我儘になっていく。
その優しさも快楽もすべてを独占したくて、しょうがない。
蘇芳はそれを許してくれる気がするが、焦る必要はない。
これからもずっと一緒に居て、ほとんどを独占できるはずなのだから。
穴の底で多少の不自由を享受するだけで、この優しい鬼と一緒に居られてしまう。
こんなに幸せでよいのだろうか?
「立つから少し揺れるぞ」
声をかけて蘇芳が立ちあがる。
逞しく優しい腕に抱かれて、少しだけ納得した。
きっとこの幸せを失くしてしまうのではないだろうかと不安に駆られる事が幸せの対価なのだろう。
だからこそ努力を怠ってはいけないし、自分を戒め磨き続けなければいけない。
(蘇芳の隣にいる為に、俺は何が出来るかな)
まだ釣りや畑仕事も中途半端にしか手伝えない俺だけど、蘇芳の隣に居て遜色ない存在でありたい。
青嵐や埴生のように特別な力など持たない俺に何が出来るかはわからないけれど、これからじっくり考えていこう。
蘇芳に寄りかかるだけではなく、共にいる理由が欲しい。
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