◆短編 青の風、豊穣の地3 食器や調味料といった食事に関係するものから、糸や布といった衣類に関係するもの、そして何に使うかわからないような不思議なもの。 青嵐の持ってきてくれた物は多岐にわたり、見ているだけでも面白くて仕方がない。 あれこれと説明を受けながら品物を眺めていると、不意に蘇芳がキョロキョロと荷物を確認している事に気が付いた。 その視線は明確な何かを探しており、そしてその品は見つからなかったようで、蘇芳は青嵐に視線を向けると不思議そうな声で尋ねる。 「青嵐、鍬は?」 「へ?」 「以前使っていた物は古くなってしまってガタが来ていたから、新しい鍬も頼んだはずなんだが」 ポカンと口を開いたまま青嵐は2、3度瞬きをし、そして弾かれるように姿勢を正すと勢いよく頭を下げた。 額の角が床板に刺さってしまうのではないかと心配するほどの勢いに、俺の方が驚いてしまう。 「……っ、すまん、忘れてきた! 今から取りに行ってくる!」 「まだ壊れた訳ではないし、急じゃなくてもまだまだもつだろうから次回で大丈夫だ」 顔の前で手をぶんぶんと振った青嵐は心なしか顔を青ざめさせた。 狩人だった俺にすべてはわからないが、やはり商人にとって商品を忘れるというのは有ってはならない失敗なのだろう。 どんな世界でもそれを専門に扱う者は、自分に厳しくなければ成長がない。 「いやいや、俺の失態やからそういう訳にもいかん! それにハニーにばれたら殺される」 「はにー?」 唐突に聞こえた聞きなれない言葉を繰り返しながら、思わず俺は首を傾げた。 不思議と柔らかな印象を受ける言葉とは裏腹に、青嵐から出た言葉は物騒この上ない。 「青嵐は西洋かぶれでな、良く異国の言葉を使う。確かはにーは恋人や配偶者などに使う言葉だったと記憶しているが」 「へぇ……! 俺は村から出る事すら稀で海にも出た事が無い。異国というとその海の向こうだろう?」 「せやで、海を越えた向こう側や」 自分で実際に確認した事はないけれど、俺達が住むこの国は周囲を海に囲まれた陸の孤島だと聞き及んでいる。 時折村まで訪ねてきた商人が売ってくれる海魚を干した食べ物や、綺麗な色合いの貝がらなどで海を想像するぐらいしか出来なかったが、いつか海をこの目で見てみたいと思っていた。 それなのに青嵐は見るどころか、その海を越えて異国の言葉まで覚えている。 異国人なんて鬼よりも遠い存在な俺からしてみると、夢のような話だ。 「これからは鬼も先を見据えて、もっとグローバルな視点を持っていかなあかん」 「ぐろぉばる?」 やはり意味はわからないが、異国の言葉を口にするだけで自分が賢くなった気になれる。 なんとも安上がりな自分の思考は割と嫌いではない。 「俺もほとんどこの場所から出た事がないからな、青嵐の知識の広さには恐れ入る」 「はっはっはー! それほどでも、あるけどな!」 大口を開けて笑った青嵐は腰に手を当てて自慢げに胸を張った。 もっと外の世界の話も聞いてみたくて青嵐に話しかけようとした瞬間、空気を震わせて何かが地面を揺らす。 地震かと警戒したのは俺だけで、蘇芳はいつもとなんら変わりなく平然とした様子。 しかし青嵐は警戒こそしていないものの、その表情にはうっすらと汗を浮かべて顔色も悪い。 心なしかそわそわと落ち着かない様子を見せていた。 「青嵐、どうかしたのか? なんだか具合が悪そうだが」 「い、いや、大丈夫やし。……大丈夫だよな?」 心配した俺に笑いかけた青嵐は、明らかに作り笑いでその表情は硬い。 2回目の大丈夫は自分に言い聞かせるようだった。 「俺にはなんとも言えん。庇えば逆効果なのも知っているから助け舟は出さんぞ」 「は、はは、……はぁ」 珍しく厳しい口調の蘇芳に、諦めたように青嵐はため息を吐く。 ガックリと肩を落とした青嵐は、なにかを迎えるように縁側に向かって座り直した。 ずしん、ずしんと地面を揺らし、向こうから歩いてくる姿が徐々に大きくなっていく。 穴の底である事も手伝って遠くは薄暗く見えづらいのだが、近づくにつれこちらに向かってくる人物が自分の常識を超えている事に気が付いた。 鬼である事は何となく予想していたのだけれども、それ以上に特異な事。 「で、デカい」 今まで俺は蘇芳以上に大きな者など見た事がなかったけれど、向こうからやってくる者は蘇芳よりもずっと大柄で、隣に並んだのなら蘇芳が子供に見えてしまうほどの大きさだ。 腕など俺の胴より太く見える。 「よくもまあ大事な商品を忘れて大口を叩けたものだよなぁ、青嵐?」 不機嫌を隠そうともせず、眉間に深い皺を刻んだ大柄な鬼は青嵐をキッと睨みつけた。 口元から覗く牙はぎらりと鋭く光る。 「は、ハニー、来てたんやぁ」 「ああ、どっかの阿呆が配達の品を忘れるなんていうありえない失敗をしてくれたお陰でな」 「は、はは、ダレダロウネー」 「ははは。 ……反省しろっ!」 大柄な体躯に見合わぬ俊敏な動きで腕が動き、青嵐の身体を薙ぐようにしてかっさらうと、そのままぶぅんと大きく腕を振りぬいて青嵐を遠くに飛ばした。 「ぎゃあああああああっ!」 叫びながら遠くに飛んでいく青嵐にあっけにとられていたのはやはり俺だけのようで、蘇芳もそして大柄な鬼も何事もなかったかのように穏やかだ。 「あ」 しばしの間が開き、川の方から大きな水音が聞こえた。 ここは比較的暖かいが、水浴びをするには季節が早い。 青嵐が風邪などひかなければいいけれど。 [*前へ][次へ#] [戻る] |