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◆短編
彼の為のゆりかご2
『俺の跡を継ぐ遺跡荒らしへ

きっと君は今慌てているだろう、おそらくは罠にかかったと思っている筈だ。
かつての俺がそうだったように。

君に懐く蛇のような生命は、君を食い殺したりしないから安心してほしい。
むしろ彼らは植物性の食べ物を好む、……まあ俺の知っている個体の個性かもしれないが。

彼らは蛟人(コウジン)。
簡単に言ってしまえば龍の眷属であり、神の使いのような存在だ。

君に対して危害を加える事はないだろうが、小さくてもべらぼうに強いので取っ組み合いはおススメしない。
子供のうちは手加減も下手だ。

その子が目覚めると遺跡の機能が目覚めるようになっている。
衣食住の不自由はない。

この遺跡にかけられた魔法によりクローゼットにはいつ開けても新しい服が入っているし、席につけば食事が自動で運ばれてくる。
誰が運んでいるのかなんて考えるだけ無駄だから止めておけ、俺は数年考えて諦めた。

図書室や中庭、巨大な浴場なんかも用意されているので使ってほしい。
勿論使わないのも自由だ、そこらへんは自分の好みで。

ただし子供が外に出たいと思うまで、君もこの遺跡に拘束される。
君はこの遺跡と子供に選ばれた『乳母』だからだ。

俺の言葉では納得しないなら満足するまで出口を探してみるのがいいだろう。
少なくとも俺は見つけられなかった。

そもそもこの場所は蛟人のための産座であり、外部の敵から守るための堅牢な砦。
自分の意思で新しい世界を知りたいと子供が思える年代になるまで君はこの遺跡に足止めを食らう。

貴重な蛟人という種を守る為に作られた古代の仕組みなのでおそらく君にはこの仕組みは解けないだろう。
過去の人は現代人よりもよっぽど過保護らしい。

きっと子供は刷り込みで君の事を母だと思っているだろう。
本当の事を伝えるのは自由だが、おそらくというか経験からしてまったく意味がない。

子供はただ純粋に君を慕う。
母であろうとなかろうと、君だけが子供の世界に居る生きた存在だからだ。

蛇のような外見に初めは怯えるかもしれないが、そのうち君も慣れる。
何せ君にとっても子供だけが意思の通じる存在だ。

1人で生きていけると思っていたはずの俺でも、この場所に閉じ込められたと気づいてから子供を受け入れるまで地獄だったので、君も早く受け入れてしまうといい、蛟人との生活を。
存外悪いものではない、慣れれば細かいうろこの感触も気持ちがいいものだ。

ああ、そうだ、注意点が1つ。
子供に恋愛感情を抱かせないように注意した方がいい。

血の繋がりがない事を理解させてしまうと、性的対象として見られるようになる。
逃げ場のない密室で、自分よりも強い生命に組み敷かれる恐怖は味わいたくないだろう?

取りあえず図書館への出入りは禁止した方が無難だ。
……俺はそこからばれた。

あと性別も関係ない。
蛟人の精液は女でも男でも構わず孕ませる事が出来るおっそろしい奴だ。

女だったら多分男でも女でも関係なく孕めるのかもな。
俺の時は男だった。
男でもすごく綺麗だから女だったらどれだけの別嬪さんだったのか想像すると悔しい。

産まれてくるのは大きい状態じゃなくて片手で包めるぐらいの大きさの卵だけどやばいぐらいに痛い、半端じゃない。
覚悟がないならやめとけ。


ここまで読んだお前なら残された卵の正体がわかるだろうか?
別にわかってもわからなくても俺の、俺達の決断は変わらない。

ここじゃなければ産まれる事の出来ない子供。
いつ来るかもわからない乳母を待つには俺達の人生は短すぎる。

置いていく俺を薄情だと罵るのもご自由に。
2つ同時に選べないのなら俺はコイツの手を選ぶ。

今はなくてはならない存在になったのコイツと一緒に外に出る事がこんなにも幸せだ。』



・・
・・・


「ご飯の時間なのに来ないと思ったらまたそれ読んでるの?」

「ん? ああ、居たのか」

唐突にかけられた声に俺は顔をあげた。
他の誰が居る訳じゃない、相手など1人だけだ。

「もう! かなり前から居たのに全然気づいてなかったの?!」

頬を膨らませた青年は、長い尾の先で不機嫌そうにペチペチと床を叩く。
顔だけ見ればただの美形の青年だが、その下肢は蛇に似た姿で、いまでは見慣れてしまってそれが普通のように思えるけれど、以前はその姿が恐ろしくてしょうがなかった。

「悪い悪い」

「悪いなんて思ってない癖に。……散々探したんだよ」

責めるような口調で恨みがましい視線を送ってくるが、悪意を感じない。
構えとじゃれつく子猫みたいだ。

「ふぅん、寂しかったのか?」

何気なく尋ねれば身体をビクッと震わせて、目を吊り上げた。
図星か、分かりやすい奴。

「さっ、寂しくない! どこかで迷子になってるんじゃないかって心配しただけだから!」

「お前じゃあるまいし」

「う゛……。子供の頃だけだろ、そんなの」

「俺は一回も迷子になんかなった事ないもの。方向感覚には優れてるんだよ、俺」

何せ俺は元々遺跡荒らし。
廃墟のように風化して目印が無くなったのならいざ知らず、これだけきちんとしている建物なら構造を把握するのも簡単だった。

「そ、そんな事より! 俺お腹すいた、早くご飯食べようよ!」

「あー、誤魔化したー」

「違うってば、もう!」

「はは、冗談。一緒に食った方が美味いもんな。呼びに来てくれてありがとうな」

子供っぽい反応が可愛らしくついからかってしまう。
結構大きくなったのにとても素直で顔を真っ赤にして反論してくれる、実にからかい甲斐のあるいい子だ。

それに優しい。
強引に引っ張って行く事も可能だろうに俺が動きだすのを待っていてくれる。

「はい」

「ん?」

不意に差し出された手は繋ぐことが当然というようにそこに存在する。
極々自然に、運命的に。


『2つ同時に選べないのなら俺はコイツの手を選ぶ』


(将来この手と別のモノを選ばなければいけなくなった時、俺はどうするんだろう?)

今は深く考えず差し出された手を握る。
あっという間に俺よりも大きくなってしまった手はとても温かい。

「腹減ったなぁ」

「ぼんやりしてるからだよ。俺が呼びにいかないとご飯の事すら忘れちゃうんだから」

許されるならまだ親子の関係に甘えていたい。
蛟人の為の産座は俺にとても心地いい。


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