◆短編
彼の為のゆりかご1
深い遺跡の奥、たどり着いた俺は考古学者でもなければ、研究員でもない。
勿論この遺跡の管理人でもない、まったく無関係な遺跡荒らしだ。
古書店で偶然見つけた地図の情報を頼りにこの遺跡まで一攫千金を狙って来てみたのだが、元は立派だったのだろう柱もすっかり風化していまっていて、所々天井が崩れている。
時折見つけるのもかつては価値があっただろう陶器の破片や、家具の残骸ばかり。
「はずれかな、こりゃ」
古書店の親父から地図を二束三文で買った罰だろうか、とんだ無駄足を踏んでしまった。
俺は遺跡荒らしなんて名乗っているけれど実は遺跡に関しては素人で、遺跡荒らしとしても経験は薄い。
職業としては盗賊と言った方が合っているだろう。
でもそう言った方がかっこいいじゃないか、遺跡荒らし。
それに遺跡にはロマンがある。
太古の秘宝
高価な宝石
莫大な富
それを手に入れられれば一生遊んで暮らせる。
一瞬で酒場のツケをどうバックれるかを必死で考える生活とはおさらばだ!
俺にとって遺跡は金稼ぎの場であって、かつてここに暮らしていた人の生活に思いをはせる場ではない。
それを大事にする研究者が居るのなら、俺より先に見つけなかった不運を嘆け。
俺には研究者が遺跡を調べる事の意味が分からない。
だって調べたってこの場を使っていた人間はもうこの世に居なくて、この建物だって過去の遺物だ。
使いようがなく、調べる意味がない。
仮にかつてここに住んでいた者がどんな生活をしていようと、どんな文化を持っていようと、俺の生活には何の影響も及ぼさないというのに。
「こういうのも読み取れたら楽しいのかね?」
壁に描かれた文字とも絵ともつかない文様を指でスゥっとなぞる。
青の染料で描かれているらしいそれは、指でなぞった事により元来持っていた鮮やかさを取り戻した。
「ん?」
少し、ほんの少しの違いが脳裏に引っかかる。
他の場所の風化と比べて文様が描かれた壁は『綺麗』なのだ。
他の壁が所々崩れかけているのに対し、文様が描かれた壁は汚れてはいるものの別物のように強度が保たれしっかりしている。
それはまるで何かを守るかのように。
「っ! もしかして?!」
奥に眠っているかもしれないお宝に興奮を隠しきれず壁に両手をつく。
壁は衝撃に揺らぐ事無く存在し、俺は宝の存在を一層強く感じた。
「す、げぇ……」
大目に持ち込んだ食料の大半をこの遺跡の謎解きに使ってしまったが、ようやく解けた謎の向こう側には言葉を失くす程素晴らしいものが眠っていた。
「これ、宝石か?」
トラップを警戒しつつ慎重に歩みを進めて宝に近づく。
これほど素晴らしいお宝なのだ、それを守る罠が仕掛けられていてもおかしくはない。
焦る心を落ち着かせてゆっくりと近づいた銀色の台座に乗っている球体は、真珠のような柔らかい色合いときらめきを持っているが、真珠とは大きく異なっている。
一番わかりやすい違いはその大きさだ。
普通の真珠が1センチにも満たないのに対して、この球体は俺の腕で抱きしめられるほどの大きさがあった。
「どんだけデカい貝から採ったんだよ」
俺が知らないだけで昔はこんなにデカい真珠を作る貝が居たのだろうか?
この海とは離れた遺跡まで運ばれて財宝として扱われていたのだろうか?
あれやこれやと想像は尽きないが、俺は学者じゃないので答えはわからない。
俺にわかっている事といえば、きっとこの球体は高く売れるだろうという事、酒場のツケはきっと払えるだろう事だけだ。
素人の俺でもこの球体が10万ドルは下らない事がわかる。
見る人が見れば、出す所に出せば、100万ドルも夢ではないかもしれない。
俺に輝かしい未来と不自由ない暮らしを与えてくれる球体に向かって手を伸ばした。
ピシ――
「え?」
小さく甲高い破壊音にピタリと動きを止める。
なにかの罠が作動したかと跳ねあがった心臓をなだめつつ警戒するが、辺りに変わった様子はない。
天井や壁の崩落という訳でもないようで、いったい何処から音がしたのか、周囲を見渡してみるけれど全く分からなかった。
「ったく、人騒がせ、なぁ?!」
さてと振り返った球体は、球体は……
「なぁああああああ?!」
まるで割れた卵のようにその姿を無残に変えていた。
割れた時に辺りの砂を巻き上げたのか、はたまた球体の内部に貯まっていた物か、辺りに霧状の何かがもうもうと立ち込めはじめる。
慌てて台座に駆け寄り確認しようと手を伸ばす。
俺は慌てていてその行為が危険だなんて思いもしなかった。
伸ばした俺の腕に、
「あ゛」
小さな手が絡みついた。
ここは遺跡だ。
こんな小さな子供が居る訳がない。
それにここは、俺が謎を解いて入った、密室で。
これは
何?
「ぎゃっ?!」
慌てて腕を引こうとするけれど、その手の小ささとは裏腹にガッチリと掴まれた俺の手は動かない。
それどころか冷たい何かが腕に巻き付き、俺の動きを抑えていく。
「あ、あ゛っ、い、やだっ!」
がむしゃらに暴れるけれど腕が軋むばかりで身体は一向に動かない。
全身の震えに合わせてガチガチと歯が音を立て、目元に涙が浮かぶ。
死の恐怖が俺の精神を黒く染める。
次第に薄くなっていく霧の中、小さな手の持ち主の小さな生き物が俺をゆっくりと見据える。
深く蒼い瞳は海のよう。
でもそれは俺の知っている上っ面の海ではなくて、光の差さない深海のように恐ろしい色。
そしてその身体は、俺の知っている人の姿をしていなかった。
上半身は人なのに下肢はまるで蛇のようにうねり、俺の腕に絡みついている。
冷たい感触の正体に気付き、俺の喉がヒュッと嫌な音を立てた。
腕を掴まれ逃げられない状況、
目覚めたばかりの化け物、
生きた人間。
(俺は餌か?!)
よくよく考えてみれば俺が見つけられた程度の遺跡に今まで人が来なかったはずがない。
この遺跡が手つかずだった理由はまさか、この遺跡に来た奴は皆コイツに食べられて……。
化け物はニィと笑うと、大きく口を開いた。
その奥にのぞく牙はとても鋭くて、肉が良く裂けそうな……。
「やめっ!」
食われる!
「おかあさん」
「……、え?」
なんて、今。
「おかあさん!」
「へ?」
予想外の言葉に茫然とする俺をよそに、化け物は俺の手に頬を擦り付けて無邪気に笑った。
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