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◆短編
僕の可愛いお姫様
紫(ゆかり)が壊れた、割と深刻な意味で。

ぴったりと俺に身体をくっつけて背中に腕を回した紫の身体をあやすように揺らす。
その感覚が心地いいのか、紫は嬉しそうに俺の胸元に頭を擦り付けた。

抱き付く紫をかかえて1時間程だが、そろそろ足のしびれが限界に近い。
紫が太っている訳ではないものの、男子高校生の体格をかかえ続けるのは困難だ。

「紫、足がしびれちゃったよ。一度だけ膝からおりて?」

「…やだ」

紫が胸元に頭を押し当てたまま首を横に振ると、細い髪がさらさらと胸を叩く。
離すまいと俺の服をギュッと掴んだ紫の手は、小刻みに震えていた。

***

紫の家庭環境は複雑だ。
きちんと両親が揃っているのに、その愛情は歪んでいる。

紫の母親は女の子が欲しかった。

良家に生まれた母親はお人形遊びが大好きな、少女のような女性だった。
顔立ちは可愛らしく、それを父親に見初められて結婚。

美男美女のカップルを周りは祝福した。

ほどなくして、母親は妊娠。
どんな可愛らしく子が生まれるのだろうと、周りも楽しみにしていた。

生まれた子供は男の子だった。
健康状態も良好で、母子共に何の問題もない。

父親が興奮気味に母親に対して礼を言うと、母親は氷のように冷たい目で子供を見た。
吐き捨てるように冷たく、鋭利な言葉。

「女の子じゃないならいらないわ」

愛する妻から発せられた言葉を父親は信じられなかった。
つい先日まで生まれる子供の事を幸せそうに語り、大きなお腹を撫でていた妻が、今は子供をゴミを見るような目で見ているのだから当然だろう。

腕に抱えられた小さな重さが、それが紛れも無い現実だと父親に如実に伝えた。

***

「紫〜、足痛いよ〜」

「やだ、……離したら、やだ」

やだ、だって。
なにこの生き物、めっちゃ可愛い。

紫の頭をそっと撫でて俺の方を向かせると、安心させるために出来る限りの笑顔で笑う。
不安そうな表情で俺を見る紫は涙目で、噛んでしまったのか唇は赤い。

「離さないよ、大丈夫。でも足が痺れたから横にならせて」

「離さない?」

「離さない。抱きしめたままコロンとするから」

「絶対、ね?」

子供のようなたどたどしい話し方。
本来の紫なら絶対こんな話し方はしないだろう。

濡れた目元を親指で出来る限り優しく撫でて涙を拭う。
切れ長の目はつり目で、縁は長いまつげで囲まれている。

紫の顔は可愛いというよりも綺麗や美しいといった形容をされる顔で、実際学校にいる時もよくそうもてはやされていた。
俺も紫の顔は綺麗だと思う。

だけど紫にとって綺麗は褒め言葉ではなくて、可愛いだけが価値のある言葉だった。

***

生まれた子供が女の子ではなかった所為か、母親は紫の事を居ないものとして扱った。
泣いていても無視、呼んでも聞こえない。

そう、聞こえないのだ。
居ないものの声など『存在しない』から。

幼心に母親の愛情を得られなかったショックがどの程度のものなのか、俺には想像するしか出来ないけれど相当辛いことだと思う。
この話を聞いた時、泣いていた当時の紫を今から行って抱きしめてあげたいと俺は奥歯をギリと噛み締めた。

父親は紫の為に一生懸命愛情を注いだ。
まったく意識を傾けない母親の変わりに、出来るだけ寂しくないように、出来る限りの愛情を。

母親の影響があったのかは不明だが、紫は他の子供よりも多少発育が遅かった。
歩くのも1歳をかなりすぎてから、意味のある言葉も中々喋らない、オムツが取れたのが幼稚園入園以降だとも聞いた。

幼稚園に入園してからも感情が不安定でまったく喋らずに1人でいたかと思えば、急に火がついたように泣き出す問題児だったらしい。
先生たちには大分苦労をかけたらしく、父親は頭を下げ通しだったと当時の事を苦笑しつつ語ってくれた。

彼の紫を語る時の柔らかい笑顔は、以前の紫に良く似ている。
性格の繊細さが動きの端々から感じられ、親子だなって思う。

だけど俺は彼が嫌いだ。
憎んでいると言ってもいい。

彼は、紫を不安定にする状態を招いた母親をそれでも愛していた。
だから紫のストレスの元になっているとわかっていても離れる事が無かった。

もし彼が紫の自我が芽生える前に母親から引き離していたら、きっと紫は母親の存在を気にしただろうけどこんなに心をズタズタにされるような事は起きなかったはずだ。

***

「三鶴、ちゅーして」

「いいよ、どこがいい?」

「ほっぺ」

「はいはい、ちゅー」

寝転がった紫を緩く抱きしめながら紫の柔らかな頬にキスをする。
触れた唇の感触がくすぐったいのか、紫はきゃははっと無邪気に笑う。

俺の事を信頼しきった表情に、心が暗い悦びに震えるのが判る。

(このまま俺だけしか見ない可愛い紫で居て欲しい)

醜い独占欲だ、わかってる。
だけど偽りのない本心。

今の紫にいう気は無いけれど、俺と紫は付き合っていた。
俺としてはまだ付き合っているつもりなので、過去形にする気は無いけれど。

身体の関係もあった。

白く透けるような紫の肌は触れるとうっすらと桃色に色づいて、気の強そうなつり目が不安げに揺れる。
好きで、大好きで、そのすべてが可愛くて、結婚は出来ないけれどずっと一緒にいようと口を突いて出た。

紫は目を丸くして「お前は馬鹿か」なんて言っていたけれど、喜んでいたのを俺は知っている。
あんなに頬を上気させてわからないほうが難しい。

「紫、俺のそばにずっと居てくれる?」

「いるー」

満面の笑みで俺に抱きつく紫に、身体はゾクリと震える。
今の紫にも変わらず性欲を抱く自分の獣じみた身体に嫌気がさすが、しょうがないとも思っていた。

だってどんな風になっても紫は紫だ。
俺の大事な、恋人。

考えて、俺は内心で笑う。
そうか、同属嫌悪だ。

(紫の親父さんも、どんなに奥さんが変わっても大事な人だったのか)

わかった所で彼の事を好きになる訳でも、許せる訳でもない。
俺が大事なのは、紫だけだから。

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