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◆短編
猫とちくわとホームレス3
「あ、これ美味しい。美味しいです、オハギさん」

「好きだった? そりゃよかった」

公園で初めて話してから数か月。
いつの間にか久住とオハギさんは仲良くなっていた。

オハギさんというのはあのホームレスの男の名前で、実際の名前は荻(おぎ)か萩(はぎ)らしい。
名前なのに『らしい』なんて曖昧なのは、本人が自分の名字を忘れてしまったからだ。

「何せここ20年ほど名乗る必要がなかったからねぇ」

なんて言いながらクスクス笑うオハギさんの顔には全く暗い所がない。
名前が無いのって不安じゃないのかしら?

私にはシャルロットっていう立派な名前があるけれど、その名前を忘れてしまったらとても不安だと思う。
もしかしたらオハギさんはとても強いのかもしれない。

それにしてもオハギさんって少なく見積もっても30代後半?
妙に表情があどけないからもっと若いと思っていたわ。

確か今26歳の久住の方が老成しているのがなんだか微妙に悲しい。
久住は若さがないのよ、オハギさんを見習いなさい。

そういえば久住も同じぐらいの年齢だと思っていたらしく、いつもよりも乱暴なしゃべり方をしていたけれどオハギさんの年齢を知ってから敬語になっていた。
オハギさんは気にしたような様子もなく笑っていたけどね。

「オハギさん料理上手ですね」

「そう? 昔ヒモしてたからかねぇ?」

「え?!」

男2人と猫が公園で食事をしている風景は目立ちすぎるからか、久住が自宅に招いたのがきっかけで最近はよく家に来る。
忙しいからあまり自宅で料理をしなかった久住に代わって、最近ではオハギさんが台所に立つ事も増えた。

といってもオハギさんが自発的に来る事はなく、招かれないとこの家には近づきもしない。
おそらく久住に遠慮しているのだろう。

家主の私としてはオハギさんが家に来ると美味しいモノを貰えるから嬉しいのだけれど。

「ニャァン(自分達ばかりじゃなくて私にも何か頂戴)」

「ん、シャルも食う?」

「ニャン(食べるわ)」

オハギさんは私の事をシャルと呼ぶようになった。
以前呼んでいたミーコよりはいいけれど、高貴な名前が台無しだわ、まったく。

尻尾でペシペシとオハギさんの足を叩いて抗議する。
だけどまったく気づいていないオハギさんは、ゆったりとした足取りで台所に向かい、持ってきた何かを私に差し出した。

「ほい、干物の皮」

「ナーン(あら良い匂い)」

「えっ!? それは辛いから駄目です!」

美味しそうな匂いのそれを口にしようとした私の鼻先を久住の手がかすめ、横から干物の皮を攫って行く。
私の視界に移るのは冷たい床ばかり。

「ニャフッ!(久住は別のを食べたでしょう! 私の取らないでよ!)」

「駄目! シャルロットには辛すぎるから」

「ウニャァア!(返しなさいよ!)」

後ろ足で立ち上がり、久住の足に爪を立てる。
久住も負けじと腕を私から離して遠ざけてしまう、意地悪!

大体猫の食べてる物を横から持って行くなんて行儀が悪いし、なによりも私に対して失礼だわ!
欲しいならオハギさんに頼んで久住の分も用意して貰いなさいよ!

「久住君、大丈夫大丈夫」

「大丈夫じゃないです!」

「それ湯通しして塩抜きしてあるから」

「……、へ?」

目をまんまるにしてオハギさんを見た久住の顔が徐々に赤く染まる。
どうやら自分がした事が検討違いで恥ずかしがっているんだろう事はわかった。

それは良いから早く私の干物返して。

「久住君はシャルの健康に気を使ってただろ? だから俺もちょっと気を付けてみた。 完璧に塩が取れてる訳じゃないけど、赤ちゃんとかにも食べさせられる方法で塩抜きしてあるから大丈夫だと思うよ、多分」

「そうだったんですか、す、すみません」

久住はあわてて私用の皿を床に下ろす。
一応食べてもいいのか確認するために久住をちらりと見れば、どうぞと言わんばかりに私の頭を撫でた。

「フニャ(全く失礼しちゃうわ)」

「いやいや、相変わらず久住君はシャルに甘くてかわいいねぇ」

「かっ、可愛い?!」

「顔はカッコいいけど、性格は可愛いじゃない。おじさんから見てだけどね」

オハギさんがニコニコと笑っている反面、久住は顔を真っ赤にしてうつむく。
だけど久住の表情は嫌そうではなく、褒められたのが嬉しいけど恥ずかしくてたまらないという甘酸っぱさを感じさせた。

「可愛くなんてないです。私ももういい年齢ですし」

「はは、おっさんの俺からするとまだまだ子供みたいなもんだよ?」

「そんな事……、うぐっ?!」

照れ隠しにテーブルの上に乗っていた料理を口に含んだ久住が、口を押えて身体をビクリと震わせる。
なによ、どうしたのよ、大丈夫なの?!

「久住君?!」

「ふ、ふぐ……、う、ぅ、ううっ!?」

久住は手で口を押えたまま首を左右に振った。
何でもないと伝えたいようだけど、どう見てもなんでもない訳がない。
なによりの証拠に目が涙目だ。

「ん゛ーッ!」

「もしかしてそれ飲み込めないの?」

コクコクと頷いた久住に私はあきれてしまう。
嫌いでも飲み込んでしまうか、もしくは吐き出してしまえばいい。

……ああ、そうか。
オハギさんが作ってくれた食事だから吐き出すのも失礼だと思っているのね。
久住も案外優しいわ。


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