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◆短編
猫とちくわとホームレス2
「ンニャー……(もうちくわが食べられないなんて、この世の地獄だわ)」

悲しさのあまり力が入ってしまったのか、爪が久住の手に刺さる。
一瞬ビクッと久住は震えて、驚いたような表情で私を見た。

「私はシャルロットの事を考えて……、もしかして今までの食事もいやだったのか?」

「そんなこたぁないだろ、ほんのちょっぴりの量で満足してたし。ゴメンな、俺が軽々しくちくわをあげなきゃ良かったんだけどさ」

「そんなに美味いのか?」

「え? ちくわ食った事ないのか?」

「食べた事はある。が、俺の知っているちくわはもっとしっかりした作りだったし、焼印が入っていた」

「ああ、お高い奴ね。そりゃ美味いだろうけど俺みたいな貧乏人の口には入んないし、こういうチープなのも美味いもんだよ?」

男は鞄を漁って袋を取り出し、指先でちくわを折って差し出した。
でも男がちくわを差し出したのは私の前ではなく久住の前で、男の指先でちくわがむにむにと形を変える。

「ほい」

「は?」

「気になるんだろ、味」

「い、いや……、食べたい訳では。それにその、手で直接……」

「ちくわ千切るのに他に何を使うんだよ。さすがに包丁とか持ち歩いてねーし」

「そうではなく」

「ニャア(久住が食べないなら私が食べてあげてもいいわよ?)」

さっきの量では物足りなかったのだ。
必要ないなら譲って……、いやいや、受け取って差し上げても良くてよ?

「ああ、手の汚れ? さっき公園の水道で洗ったから綺麗だって、大丈夫大丈夫」

「そうでもなく!」

「うっせ、隙あり!」

「もがっ?!」

あっ、なんて事!
男は強引に久住の口にちくわを押し込んでしまった。

さっき私が食べたのよりも量が多い。
久住ずるい、私も欲しい!

「ご、強引すぎ、るッ!」

あまり噛まずに飲み込んだのか、久住は目の端に涙を浮かべ咳き込んだ。

「人間の食べ物だし、今日買ったから賞味期限も大丈夫だって。んで味どうだった?」

「よくわからない。けど、不味くもなかった」

美味しいわよ、ちくわに失礼だわ。

「……もしかして私は、損をしているのか?」

「あにが?」

男は残ったちくわを口に含み、もぐもぐと咀嚼したまま久住の声に返事をする。
行儀が悪いわ、飲み込んでからしゃべりなさいよ。

「ちくわの味すらまともに知らない、さっき聞いたような駄菓子の味も、買い食いの味も。もしかしたら私は、本当に美味しい物を食べ損ねているのか?」

「美味い不味いなんていうのは人それぞれの好みだし? 気になるなら食べた事ないものを食べてみれば?」

「もしそれを嫌いだった場合どうするんだ?」

「あ、じゃあその場合俺に頂戴。俺好き嫌いないし、大体この公園に居るし」

「え」

「え?」

久住は男の顔をジッと見て、それからゆっくり視線を男の全体に向けた。
上から下までじっくりと眺め、そして首を傾げながら小さくつぶやく。

「……ホームレス?」

「今更か」

耐えきれないというように噴き出した男の笑い声が公園に響く。
それは暗い公園の雰囲気を一変させる明るい笑い声だった。

でもちょっと近所迷惑。



―――後日、夜。

「お、本当に来た」

男は私の喉を撫でていた手を止めて、ビニールの袋を手に下げた久住を見る。
私が知っている限り、この前の夜以降久住はこの公園に来ていなかった。

久住の中にも何かの葛藤があったのだろう。
その表情はいつもより緊張しているように見える。

「か、買ってきた」

久住は腕をずいっと伸ばし、ビニール袋を男に向かって差し出した。
それほど沢山のモノが入っている訳ではなく、軽い音を立てたビニールが揺れる。

「その袋って事はコンビニ?」

「ああ、普段はコーヒー位しか買わないからグルッと回って店内を見たら知らない食べ物がいっぱいあった」

「便利だよねぇ」

男は頷きながらも「割高だから買わないけど」と付け加える。
どうやら男は倹約家なようだ。

「ニャアン(ちくわじゃないの?)」

「これはシャルロットにはやらないぞ? 後で猫にも食べられるよう特別に作って貰ったちくわをやるから」

「なんという豪華な」

「飼い主の義務だ」

今食べられないのは残念だけれど、あとで貰えるのならまあいいだろう。
私は気高く優しい猫なので、急かしたりしない。

……早ければ早いに越した事はないけれど。

久住は袋をがさがさと漁ると、中から袋に入った長方形のモノを取り出した。

「まずはこれを食べてみようと思う」

「あ」

久住が袋から出したモノは柔らかいのかくにゃりと曲がってしまう。
舐めて食べるものなのだろうか? それとも飲み物?

「なんだ?」

「あー……、えっと久住さん、だっけ」

「以前名乗っただろう? 私の名前は久住晃平だ」

「うんうん。あのな、物凄く言い辛いんだけど」

「う、うむ」

男は言っていいか悩んでいるのだろう。
しばらく視線を泳がせてからふーっと深く息を吐くと、キッと久住を見据えた。


「……それ、サラダ用のドレッシングだわ」


「あ」

久住と一緒に住むようになって大体2年。
今まで知らなかったけれど私の召使いはもしかしたらドジなのかもしれない。

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