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◆短編
猫とちくわとホームレス1
私の名前はシャルロット、2歳のレディ。
え、2歳なのに流暢にしゃべり過ぎていておかしい?

勝手にあなた達人間の常識にあてはめないで頂戴。
私は猫、人に傅かれる高貴な存在。

現に私の召使いである久住は1日2回美味しくてバランスの取れた食事を用意し、毎日毛が絡まないようにブラッシングをする。
首に纏った首輪には場所を特定出来る小型の機械がついていて、たとえ私がふらりと外に遊びに出ても必ず迎えが来るのよ。

愛される存在、それが私。

だけど最近私、悪い事を覚えてしまったの。
それは酷く私の心を乱し、支配する。

悪い事だって理解しているのに止まらない。
自分がこんなに浅ましい女だなんて知らなかった。

今日もまた、私はふらりと何かに誘われるようにとっぷりと暮れた夜の外へと繰り出した。



自宅からほど近い公園に目当ての人間はいた。
いつ見ても薄汚れていて、とてもいい私の鼻には辛い匂いがしている。

その汚らしい身なりの男は私に気が付くとひょいとしゃがみ込み、お世辞にも綺麗とは言い難い手で私の喉をコショコショと撫でた。
存外手つきは悪くなく、私はグルグルと喉を鳴らす。

「お、ミーコ。なんだよお前、また来たのか?」

「ナー(ミーコなんて安っぽい名前じゃないわ)」

「はは、お前俺の事が好きなんだな」

脇の下に手を差し入れ、男は私の身体を持ち上げる。
プラプラと揺れる後ろ足が不満で身体を捻って逃げ出そうとすると、男は私を包み込むように腕にすっぽり抱きかかえて歩き始めた。

すぐそばのベンチまで来ると男は私の身体を下ろし、斜め掛けした鞄をごそごそと探る。
私の喉がコクリとなった。

「ニャー!(早く!)」

「わかってるって、急かすな急かすな」

行儀悪く袖口を引っ掻いた私を笑い、男は私の頭をポンポンと叩いたけれど、そんな事すら気にならない。
私の頭の中は『それ』しか考えられなくなっていた。

男は目当てのそれを短くちぎり、手の平にちょこんと乗せて私に差し出す。
芳しい香りに全身が震えた。

「ほい、ちくわだよ」

ぶつかるような勢いで男の手に顔を近づける。
柔らかな食感のそれを口に含むと、口いっぱいに大好きな味が広がった。

「ニャフ、ニャ…(やっぱりこれ美味しい)」

「そんなに美味いのか? まったくお前が食いに来るから金ないのに最近じゃ常備しちゃってるよ。ホームレスに集るなんて悪女だなぁ、ミーコ」

「フニャ(悪女なんて失礼ね)」

男のくれるちくわはとても美味しい。
久住が用意してくれる毎日の食事とは違ってとても安っぽい味がする

なのになぜかちくわに心惹かれてたまらないのだ。

「ニャーン(もっと頂戴)」

男のくれた量は少なくてすぐに食べ終わってしまった。
まだ残っているのは匂いでわかっているので、前足で男の足を軽く引っ掻いてねだる。

「もう駄目。人間の食い物は身体に悪いから」

「……ニー(召使いの癖に生意気だわ)」

「いてっ、爪立てるなよ!」

傷つける程強くは引っ掻いていないからか、男は苦笑しながら私の前足を軽く払って除け、また喉を撫でた。
もう貰えないのは残念だが、今日貰ったちくわの分くらいは触らせてやらなくもないわ。

「シャルロットッ!」

「ンナ?(あら?)」

不意に呼びかけられ、条件反射のように返事をした。
聞き馴染んだ声はいつもと違って焦っているように聞こえる。

「ニャン?(久住じゃない、お迎え?)」

「しゃるろっと?」

久住は男の膝に寄りかかっていた私の身体を抱きかかえると、守るように男から離した。
別にこの男が私になにかした訳でもないのに大げさだ。

「お前うちのシャルロットに何をする気だ?!」

「え、ああ、ミーコの飼い主?」

「変な名前を付けるな!」

それには同意する。
ミーコなんてこの高貴な私に似合わないわ。

「シャルロット最近家をよく抜け出してどこかに行くとは思っていたけど、こんな男に餌付けされていたのか?」

「フニ……(そ、それはその、ちくわが美味しいから)」

「ジャンクフードみたいにたまに食べると美味いからじゃない? 駄菓子屋の着色料バリバリの駄菓子とか学生時代の買い食いとか超美味かったし」

「そんな事はした事がないから知らない」

「マジで?! 百円あれば袋いっぱいお菓子買えたじゃん? 当たり付きの10円ガムとか小さい砂糖のついた紐付きの飴とかきな粉棒とか」

「そんな身体に悪そうなものは食べない」

「うへぇ、ジェネレーションギャップかなぁ」

男はそういうと口の端を歪ませて、何かを考えているのか視線は上を見た。
そんな男を気にしながら久住は私の身体に異常がないか調べるように触れる。

耳元を触られるのはくすぐったくて、耳の裏に触れようとする久住の指を耳で弾くと、パシパシと音がした。
何処も悪い場所なんてないわよ、失礼ね。

「とにかく! もうシャルロットに変なモノをあげないでくれ。人間の食べ物は身体に毒なんだ」

「んー、まあ身体によくないのは知ってるけどさ」

「知っているなら話は早いな」

えっ、ちょっと待って!
もしかして私もうちくわ食べられないの?!

「ミャー!(ちょっと嫌よ、私!)」

「でもそれって可哀そうじゃないか?」

「は?」

「人間だって身体に悪いと知っていても口にするじゃないか。タバコ然り、酒然り」

そうよ!
よくわからないけどそうな気がするわ!

「そういう人間が居るのも知っているが、少なくとも私は口にしない。悪いとわかっていてやる理由がわからないからな」

「勿論口にしない方がいいんだろうけどさ。ミーコ……じゃなかった、シャルロットはもう口にしちゃって味を知ってるんだよ?」

「それが?」

「あんなに美味しそうにちくわ食べてたのに、もう食わせてやらんの?」

男は久住と私をジッと見て、悲しそうな顔をする。
きっと私も悲しそうな顔をしているだろう。


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