◆短編
瞳に映る真実2
「どうせお前も気持ち悪いって言うんだろう?! 全身に目を持つ私の事が!」
遠見の種族は異形の中でも際立って数が少ない。
その分種族を知らない者も多く、全身に目を持つ私を気持ち悪いと言って避けた。
なるべく肌を出さない様にしてはいるものの、すべてを隠してしまってはいざという時能力が発揮出来ないので最小限だけ目を出すようにしている。
気持ち悪がらせないための配慮とはいえ、酷く自分が穢れた存在のような気がした。
こんな私を認めてくれたのは家族以外には幻獣王だけだ。
彼だけがほかの誰とも変わらず応対してくれて、必要だと言ってくれた。
(こんな所で捕まって、迷惑にしかならないじゃないか)
いっそ死んでしまいたい。
彼の邪魔になる自分なんて!
「なんだ、それ傷じゃなかったんだな」
「……え? わ?!」
いつの間にか近くまで来ていた男が私の頭をくしゃりと撫でた。
羨ましい程大きな手は武骨ながら優しく動く。
「何をっ!」
「俺から見ると全身に傷があるように見えて、服を着せたら痛むんじゃないかって心配してたんだ。そうか、傷じゃなくて瞼だったんだな」
「……気持ち悪くないのか?」
「傷だと思っていたからな。それに異形をちゃんと見るのは今回が初めてだったから思っていた以上に人と変わらなくて驚いたぐらいだ」
ポカンとする私に彼は自分の服をめくって見せる。
そこには無数の傷があり、深い傷は肉をひきつらせていた。
あまり傷など見た事のない私は、思わず息を飲んだ。
「これ、痛く、ないのか?」
「ああ、今はもう痛くない。だが醜いだろう? 国を守る為とはいえ人間同士で争った結果だ」
男はどこか遠くを見て自嘲気味に笑う。
私に醜いだろうと聞きながら、自身が自らを醜いと思っているようだった。
「意味もなく同種で争って、何をしたでもない異形を追い詰めようとする。俺だって変わらない、危害を加えないか確認するためにお前を傷つけた。人間はどうしようもなく醜い」
男が言う通り、人が異形を追い詰めるからこそ異形は人と敵対する。
私達はただ幻獣王の庇護の元、平和に暮らしたいだけなんだ。
「傷つけてすまなかった。だがお前の目は俺のように醜さの証ではないんだから、そんなに自分を卑下する必要はない」
男はテーブルの上に置いてあった服を持ってくると私に手渡す。
見覚えのあるそれは先ほどで私が来ていた服で、折り目がつかない様に丁寧に畳まれていた。
「確認の為とはいえ引き留めてすまなかった。俺は席を外すから着替えたら帰ってくれて構わない」
ポンポンと軽く私の頭をなでると、男は柔らかく笑んで部屋から出て行く。
その後ろ姿が部屋から消えたのを見送ると、私はぼんやりと自分の手にある服を眺めた。
(私に気を使ってくれた、のか?)
人間に対する敵意は根深く、多少優しくされたぐらいで簡単に信用できるようなものではない。
今回のことだって不当に私のプライドを傷つけるものだった。
だけど……
(少しだけ、……ほんの少しだけ信じてもいいのかもしれない)
それが正しいのか間違っているのか私にはわからないけれど、ほんの少しだけ私が人間に興味を持ったのは確かだった。
柔らかい日差しの中、小さく擬態した幻獣王を膝に乗せて日向ぼっこしていた。
意外に思われるかもしれないが、私達は日の光が大好きで、暖かな日にはこうして身体いっぱいに日を浴びる。
日の光をいっぱいに吸った幻獣王の毛は柔らかく、指で梳くとふわふわと気持ちがいい。
「……王」
「ん、なんだ?」
「人間って悪者、ですか?」
自分の中で揺らいでしまった価値観を王に正してもらいたくて尋ねる。
だけど幻獣王から返って来た答えは
「さあ」
なんていう曖昧な物だった。
「さあって貴方」
「異形にも性質の悪い奴が居るみたいに人間にも善人が居る。どっちも同種を贔屓目に見るし、同種の方が味方しやすい。俺達は異形だから異形を贔屓目に見ちまうけど、だからって人間が悪者ってわけじゃあねぇさ」
くわぁと大きな欠伸をしながら幻獣王が言う言葉は、私にいろいろと考えさせる。
私をよく知らずこの身体を気持ち悪いと言った者のように、私も人間を知らないのに勝手に決めつけて悪人にしていた。
自分が傷ついた時は被害者のように嘆いた癖に、他人にした時はそれが当然だすら感じていたのだから恐ろしい。
「だけど俺は人間大ッ嫌いだから基本悪人だと思ってる。あ、もちろんアイツ以外な」
「はは……」
「お前がそう思う必要はねぇってこった。もし気になるならとことん観察してみればいい、お前には便利な目があるんだから」
話は終わりというように膝の上でコロンと丸くなった王の身体を撫でながら考える。
あの人間は悪人だったのか、善人だったのか。
そして私は善人なのか、悪人なのか。
(難しいなぁ。でも王の奥方が人間なら、知っておいた方がいいよね)
勉強は嫌いじゃないけれど、実技はあまり得意ではなかった、努力してなんとかなるような内容ならいいのだけれども。
それに私はなぜかあの人間が気になっていた。
あれだけ敵意をむき出しにしていた私に対して、あの人間は親切にしてくれたから。
(もう1度会ってみたい)
様子を見るだけなら私の目だけで容易だろう。
だけどそうではなく実際に男を目の前にして話を聞いてみたい。
そしてあの時伝えられなかった事を伝えたい。
誰かを守るために傷ついた身体は決して醜くないと。
(会えるだろうか?)
なんとなく予感がする。
あの人間との出会いは私を変える、そんな予感が。
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