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◆短編
小さな獣
可哀想な位傷ついたソレが人間の世界に居てはいけない生き物なのをすぐに理解した。
先の尖った尻尾に鋭い牙、小さな身体に不釣り合いな大きな羽はコウモリによく似ている。

「……大丈夫?」

どうしてこういう時、明らかに大丈夫ではないとわかっていても確認してしまうのだろう?
相手が気を使って大丈夫だというのを期待しているのだろうか?

自分の心の平穏の為に大丈夫だと思い込みたいのだろうか?

「…、ミュ…ギィ」

全身を短い毛で覆われた異形の生き物は俺の存在に気付くと傷だらけの身体をヨロヨロとふらつかせながら立ち上がり、キッと敵意をむき出しにした。
力を入れると傷口から垂れる血が痛々しく、その痛みを想像して眉根を顰める。

異形であっても害をなす存在ばかりではなく、ただ自分の生活を守ろうとしてるだけのモノも多く居るのに、人間は不必要に異形を狩った。
その所為で異形達は人間を敵とみなして襲ってくるという悪循環。

今となっては誰が悪かったのかわからない。
身を守ろうとしたモノが悪いのか、襲い掛かるモノが悪いのか。

「居たか?! ……探せ」

遠くから聞こえる声はおそらくこの異形を探している警備兵だ。
見つかれば傷ついて動きの鈍った小さな異形など簡単に殺されてしまう。

「おいで」

「キィッ!」

「……い゛ッ!」

慌てて腕を伸ばしてその小さな身体を掬い上げると、腕に鋭い痛みが走る。
自分を攻撃しようと思ったのだろう、身を守ろうと異形が俺の腕にかみついていた。

小さな身体でも肉を食らう異形は鋭い牙をもっている。
腕に全力で噛みつかれれば肉が削がれるのは明白だ。

だけど噛みつく力とは裏腹に、その身体は血が流れ過ぎた所為かとても冷たくて全身が小刻みに震えている。
死を間近に感じた恐怖かそれとも怒りか。

人間という立場から考えたら警備兵に突き出してしまうのが正解なのかもしれない。
それでも俺にはその選択肢を選ぼうという気にはなれなかった。

「大丈夫」

腕に噛みつく異形の身体を出来るだけ優しく撫でる。
指に触れる荒れた感触は、いままでこの小さな身体がいっぱい苦労してきた証のようで少し切ない。

「守ってあげるからな」

辺りに誰もいないのを確認して、呼びかけあう警備兵の声とは逆を目指して俺は駆けた。



「腹へった」

「はいはい、リンゴ剥いてあげようね」

「りんご」

目の前でにぱーっと笑っている能天気そうな男が、数か月前に助けた異形だなどと誰が信じられるだろうか?
助けた俺もちょっと信じられない。

籠から紅く美味しそうな光沢のリンゴを取り、果物ようの小さなナイフで皮を剥く。
しゅるしゅると皿の上に落ちるリンゴの皮を見守る視線は真ん丸で、まるで子供のように無邪気だ。

だけどその大きさは成人男性として平均的な俺よりも大柄で、鍛えていたからなのかとても逞しい。
胸筋なんて指で押したらこちらの指が痛いぐらいだ。

「はい」

リンゴを差し出すと異形は受け取る事なく、そのままぱくりと口にする。
元々手で持って食べる習慣はないのか、食事は差し出してやらないと美味く食べられない。

小さな異形姿だと食べづらそうな肉でも上手に足を使って食べられるのに、人間の姿になっていると途端に食べられなくなるのだから不思議なもの。

「楽ならずっと小さな姿で居てもいいんだよ?」

そう言った俺に異形はフルフルと首を振り顔を青ざめさせた。
元の姿で居ると襲われると思っているのだろう、実際そうではないとは言い切れないのが悲しい。

(人間も異形も仲良く暮らせたらいいのにな)

お互いにしか出来ない、協力しあえる事がいっぱいあるはずなのに。

「どうした?」

「ん、なんでもないよ」

急に黙った俺を不思議そうに見つめる異形に軽く手を振って心配させないようにふるまう。

彼はこんなにも優しい。
人と異形、お互いに理解し合えれば世界はもっとよくなるはずだ。

「リンゴ、もっと食うか?」

「食う」

剥いたリンゴを差し出すと、コクンと頷いて異形がリンゴに噛みついた。
口の端から覗く鋭い牙も俺を傷つけないと知っているから怖くない。

「ウマい」

「そっか、よかったな」

にぱっと無邪気な笑顔は俺の1番の癒しになっていた。



『幻獣王、まだここにいるんですか?』

「なんか問題があるのか?」

『あるに決まってるでしょう?! 人間の、しかも男なんかに飼われてて恥ずかしくないんですか? あんな馬鹿のフリまでしちゃって!』

「見てんじゃねぇよ、殺すぞ」

『いっそ死にたいですよ! こんな恥ずかしい人に生涯を捧げ、死ぬまで仕えると誓ってしまったなんて!』

「しょうがねぇだろ、アイツ可愛いんだもん」

『人間ですよ?』

「俺だって人間なんか大ッ嫌いだ。……だけど罠にはまって重傷を負ってた俺を助けてくれた奴だぞ? たとえ憎い人間だとしても恩に感じたって何にもおかしくない」

『それに可愛い関係ないじゃないですか』

「可愛いと自分のモンにしたいだろ?」

『恩も感じてないじゃないですか』

「感じてるとも。……幻獣王の妻の座を贈り物にしたいほどだ」

『はいはい……、まずはまともに対応して貰えるといいですねー』

「あ?」

『今のままだとあなた、手間のかかる弟ですからね?』

「え?!」

(気づいてなかったんかい)

本来の姿は銀糸のように輝く体毛を持つ妖しくも美しい幻獣の君主。
強く賢く無慈悲なまでに平等な、人ならざる者の王。

讃える声は地面を揺らし、彼の指の動きに合わせて異形は動くとすら言われてた我が主が、今やこうだ。

色恋は人を馬鹿にすると言うけれど、まったくもってこれは酷い。

「お、弟ってどういうことだ?! おい、説明しろ!」

はあ、従者辞めたい。




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あきゅろす。
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