[携帯モード] [URL送信]

◆短編
インフルエンザ2
手に持ったケーキの箱を軽く揺らす私の足取りは軽い。
今もまだ指先に残る刃の振動と、刹那の閃光。

強くなった、確実に。
今はまだ未熟ではあるものの、実際に戦ってみるとわかる。

「きっと、まだまだ強くなる」

ブルリと身震いを1つ。
寒さからではなく、歓喜のそれは全身を甘く揺らす。

いつか彼の刃が私のナイフを打ち砕き、その冷たい刀身で私の首筋を切り裂いた時、私はこの世で感じられる最高の快楽を得るのだろう。
その瞬間までは美しい火花を瞳に焼き付け続けるのだ。

誰かにこの自殺願望に似た考えを理解してもらおうとは思わない。
自分でも狂っているとすら感じるのだから。

だが誰にも否定などさせない。
私にはその我儘を貫くだけの強さと信念があるのだから。

踊るように軽い足取りで目指すのは郊外の一軒家。
近所にまったく家が全くないのはこの辺りすべてが私の土地だからであり、シンと音がするほどの静寂に包まれていた。

普段は車で移動するけれど、今日は特別。
先ほどの戦いで高潮した肌を夜風で冷ましつつ、余韻に浸りたかったから。

だけどそれももうそろそろ終わり。
浮かれていた所為かいつもよりも家が近く感じるけれど、たどり着いてしまったものは仕方がない。

私は灯りのついた家の扉を鼻歌交じりに開けた。

「ただいま」

「……、おかえり」

同居人は帰ってきた私に気が付くと、青く見た目にも痛そうに腫れた口元を歪めて、忌々しげに私を睨んだ。
既に治療済みなのか身体の至る所に絆創膏や包帯がのぞき、動きは少しぎこちない。

「おやぁ、口元はずいぶんいい色だね? 新色?」

「うるせぇ」

ギリッと奥歯を噛む音が聞こえそうな表情、悔しげな態度、私相手にも引かない姿勢、素敵。
そんな態度だからついからかいたくなってしまう。

「報奨金でケーキ買ってきたから一緒に食べよう。あ、君は4分の1ね」

「半分よこせよ」

「負け犬が偉そうに、貰えるだけありがたいと思いなさい『排除屋』」

「……くっそ」


こうして彼と暮らすようになって何年経っただろうか?

彼ははじめ、私を狙う賞金稼ぎだった。
私は正規の手続きを踏んだ政府公認の賞金稼ぎだが、それ以外にも賞金稼ぎという職に就く者はいる。

彼もその1人で私に恨みを持つ商人から直接依頼を受け私を狙ってきた。
私は何の罪も犯していないが罪人から見ると脅威なのだろう、裏の社会ではかなりの懸賞金が掛けられている。

日常的にそれらを返り討ちにしてきた私だったが、その日私に襲い掛かってきた賞金稼ぎだけは殺せなかった。

触れ合う剣閃が、産まれる火花が、空気を揺らす振動が、私の心を掴んで離さない。
一目ぼれという表現が一番近いだろうか?

一応癖で半殺しにしていたのだけども、止めをささずに治療した自分には、今思い出しても笑いが出る。
なにせ私はとても強かったので普段から治療の必要がなく、処置の仕方がとてもヘタクソで結局包帯で止めをさしそうになってしまったのだ。

慌てて運び込んだ闇医者には「生かそうとしたのか、殺そうとしたのか」と馬鹿にされる始末。
その経験から今は少しだけ治療が出来るようになったが、やはり殺す方が得意だ。

治療の甲斐あって目覚めた彼は、私を見つけて威嚇する虎のように全身の毛を逆立てた。
私の目には子猫のように見えたけれど。

「殺したいならいつでも挑んでくるといいよ」

「は?」

「自分を殺す人材を育てるなんて楽しくない?」

「はぁ?」

「強くなって、殺しにおいで」

「お前、狂ってやがる」

私からしたら最上級の愛の告白なんだけどね。


「美味しい?」

「痛い」

「それだけ腫れてればね」

「誰のせいだと……」

「弱い君のせい」

「くそ野郎」

食後のデザートに食べるケーキは運動後の身体にジワリと染み渡った。
甘い物は即エネルギーになる……、なんて建前、美味しいから食べる。

口を開くたび痛みに表情を歪ませながらもちゃんと食べている辺り、彼もケーキが好きらしい。
私は全然気にならないがケーキ屋というのは男一人ではなかなかに入りづらいらしく、いつもはコンビニスイーツで我慢しているのだが、たまに本格的なモノが食べたくなるようでこういった機会があると彼はとても美味しそうに食べる。

「なあ」

「うん?」

「アンタのコードネーム『インフルエンザ』って自分でつけたんじゃねぇのか?」

「なんでそんなけったいな名前自分でつけなければならないんだ。自分でつけるならもっと簡潔な名前を付ける」

「じゃあ誰がつけたんだよ」

「さあ? いつの間にか誰からともなく呼びだしていた。罪に問われず大量の人を殺すモノの名前だとさ」

「ああ、納得。それで『インフルエンザ』か」

話を聞きながらも、もぐもぐとケーキを咀嚼する彼の頬にはスポンジケーキの欠片がついてる。
スッと伸ばした指で頬を拭うと、指先についたケーキを口に含んだ。

「ねえ」

「あ?」

「運動後の『デザート』が食べたいなぁ」

「は? ……っぐ!」

油断していた彼の腕を取ると、力を込めて椅子ごと壁際まで運ぶ。
そのまま膝の上に乗ると、青く腫れた口元をべろりと舐めた。
綺麗な色合いなのに美味しくない、だけど美味しい。

「この……変態ッ!」

「その変態に散々感じさせられちゃう癖に何言ってるんだか」

「くそっ、離せ!」

身体の下で私を振りほどこうと彼は暴れるけれど、腕を封じているので効果は薄い。
そもそも武器を持たない戦いならば彼が私に勝てる確率は万に一つもなかった。

(本当は素手格闘が一番得意だって知ったらどう思うかな?)

おそらくまずは怒る。
そしてナイフではなく素手で戦う術を学ぼうとする彼の姿が目に浮かぶようだ。

だけど素手では火花は生まれない。
だから内緒だ。

「ん……っ!」

抑え込んだ腕を引いて強引に口づけると、痛みの所為か彼の眉根が歪む。
目じりに涙が浮ばせた彼の表情に酷くそそられる。

「大人しくしていなさい、うっかり気持ちが変わって……」

「殺すか」

「処女の方がほしくなってしまうかもしれない」

「う゛ぐ」

本当はするよりされる方が好きなのでそんな事はないのだけれど、この脅し文句は実によく彼に作用する。
私の本意に気づけない辺り、まだまだ修行が足りない。

「次は5本目のナイフまでたどり着けるといいな?」

彼に胸元を指でなぞりながらニコリと笑う。
不機嫌そうにしながらも指の軌跡にヒクリと揺れてしまう身体は快楽に従順だ。

「絶ッ対、10本目まで使わせて見せる、からな……、ぁッ!」

笑う私に彼は噛みつくような口づけをかわす。
歯が唇に当たって目の覚めるような痛みが襲うのすら気持ちいい。

ところで、

私のナイフが10本だけなんて思っている辺り、本当に彼は可愛らしい。

私のコードネームは『インフルエンザ』
いまだに進化し続ける、合法殺人者。

もっと、もっと楽しませてくれるまで、死んでやらない。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!