◆短編
インフルエンザ1※微グロ表現
思い返せば私は幼い頃から感情が表に出ない子供だった。
気味が悪い
何を考えているのかわからない
なんだか怖い
いつも怒っているように見える
そんな評価が下される自分を理解はしていたけれど、改善する気などなかった。
改善する必要性をまったくと言っていいほど感じなかったからだ。
実際その評価は私に何の影響もなかったし、そういう評価を下す人からの好意を得たいとはちらりとも思わなかった。
高慢と言えばそうかもしれない。
それでも私には自分の欲望を満たす事以上に興味をひかれるものはなかった。
私の欲望を満たす事、それは戦い。
「ぃ゛、ひぃい゛いッ!」
泡を吹きながら無様に地面を這いずる男の背骨目がけて膝を下す。
下手に骨を折ると後の処理が面倒なので力加減はしているけれど絶対に痛い。
まあ痛みを与えるようにしているので当然だろう。
それはおおよそ人間に耐えられる痛みではなく、男の喉からも潰れた蛙の声のように言葉にならない汚らしい音が漏れた。
「金ッ! 金ならあるから、助けてくれぇッ!」
「……そう言って命乞いをする人間をどれだけ撃ち殺してきた?」
私は無様すぎる男の言葉に口をへの字にした。
こんな状況にあってすら金に頼るのかと思うと、怒りを通り越してあきれてしまう。
どうにもこういった抵抗は美しくない。
私から逃げられる手段があるのなら逃げようとする努力も多少の美しさがあるけれど、もがくばかりの男の行動は醜いばかりでなんの発展性もなかった。
私は美しいものが好きだ。
この世界にはたくさんの美しいものがある。
煌びやかな宝石、一筆ごとに精神を閉じ込めたような絵画、滑らかな指先。
その中でもとりわけ私の心を掴んで離さないのは一瞬だけ煌めく火花だ。
目を焼く眩さ、直ぐに失われてしまう切なさ、肌を焼く熱さ、たまらない。
私が戦いを愛するのは、戦いの中で刹那に触れ合うナイフが愛おしい火花を上げてくれるからであり、足元の男のように一方的に弱者をいたぶる為に銃を使う者になど価値はない。
「君はね、賞金首なんだ。そして私は賞金稼ぎ。これがどういう意味だか分からない程馬鹿じゃないだろう?」
「ひぃっ、て、抵抗はしない! 抵抗しないから」
「抵抗しないから殺さないで? ははっ、無理。だって生きたまま引き渡して逃げられでもしたら面倒じゃない」
復讐者というのは非常に面倒だ。
元々自分が悪かった事もすっかり忘れて被害者気取り、正義気取り。
幸い私の獲物はすべて『生死を問わず』
殺してしまっても罪に問われる心配はない。
ズボンのベルトに固定しておいたナイフを引き抜くと、男の首筋にあてる。
醜い男だったが、命の灯火が消える瞬間だけはどの生き物も等しく美しい。
「じゃあね」
最高のエクスタシー。
イキそ。
「……ッ!」
背後から強烈に膨れ上がった殺気を感じ、男の首筋に中てていたナイフを離して身を捻る。
さっきまで私の手があった場所にガキィンと音を立てて小型の投げナイフ刺さる。
コンクリを貫くだけの衝撃があるという事はかなり強化された素材で、相当の遠心力をかけたのだろう。
良い使い手になった。
「せっかちだなぁ、相変わらず」
残念ながら彼の投げナイフは首の皮をうっすらを傷つけただけで、命はまだ消えちゃいない。
もうちょっとだけ待っていてくれたらいいのに、意地悪だ。
「焦らねぇとお前に殺されちまうだろうが『インフルエンザ』」
私の死角から出てきた同業者に軽く手を振って挨拶をする。
気配を消すのが上手くなったものだ、攻撃される直前まで気づかなかった。
「その名前好きじゃないな、可愛さがない」
「お前に可愛さなんて求めてない」
なかなかの使い手になったものの彼はまだ若く、表情を上手く隠せない。
私を見る視線はあからさまな敵意とライバル心で苦々しく歪んだ。
微笑ましい彼に笑ってしまう。
今はまだ私の方が上手、だが将来は……。
「冷たいな『排除屋』 いっその事いつも私の後ろばっかり追いかけてるから排除ってかいてのぞきって読めば? ああ、排除自体にという取り除く意味もあっていいかもね」
「そんなのはどうでもいい。その獲物奪わせてもらう」
大振りのナイフを眼前に掲げ、独特の低い構えを取る排除屋を左手で軽く制止する。
「君は勘違いしてる」
「ぉ、あが?」
的確に私は右手をふるう。
ナイフを持ったままの右手を。
刀身は首の肉を引き裂いて、コンクリに赤い軌跡を残した。
もちろん私が仕留めそこなう事などない。
「ごば……、あぎ…、ぎ」
飛び散る血を浴びる趣味はないので、男の身体を突き放しながら立ち上がる。
軽く服をはたいて排除屋に向き返り、にっこりと笑って見せた。
「生死は問わないんだから殺してから戦ろうよ。……ゆっくり、ねっとり」
「気持ち悪い」
酷い。
でもいい、彼の素直な言葉はとても美しい。
眉根を顰める排除屋の可愛さに身震いしつつ、クルリと手を返してナイフを握った。
予備も含めたら大量のナイフが私の身体には仕掛けられており、ノータイムで取り出せる。
「今回は5本目のナイフ位まで持ってくれよ?」
今まさに命の灯火が消えようとしている男には一瞥もくれず、私はにたりと口元を歪めて構えを取った。
よそ見などしていられない。
この世で一番美しい火花が見れるのだから。
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