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◆短編
恋に落ちる定石
「いくら払えばいい、いくら払えば黙っていてくれる?」

冷や汗を額に浮かべた部長は小刻みに身体を震わせて、悪人みたいな事を口にしているのになんだかすごく可哀相。
これじゃどっちが脅しているのかわからない。

別に俺は部長の『秘密』を口外したりしないのに。

「部長」

「……なんだ」

「ウサギを好きなのは、別にお金で解決しなくても大丈夫だと思うんですけど」

「言うな!」

彼にとっては大問題らしい。

2日前の土曜日、突然家に姉が来た。
どうやら一人暮らししている俺の自宅側にあるアウトレットモールに買い物しにきたらしく、その間姪っ子の世話を押し付けてしまった。

まあ懐いてくれている姪っ子は可愛いし、どうせ暇だったから電車で数駅の所にある動物園に連れて行く事になったのだが、その動物園に偶然部長が居て、ふれあいコーナーで顔面とろけそうな顔をしてウサギと触れ合っていた。

そりゃあもう会社では見た事がないくらい幸せそうな顔。
だらしなく開いた口にチンコ突っ込んでやりたいくらい隙だらけ。

(ウサギ、好きなのかなぁ)

あの様子なら間違いなく嫌いではないだろうが、なぜわざわざ触れ合いコーナーに来ているのかはちょっとだけ謎だ。
結婚もしていなかったはずだし部長の経済力ならウサギの1匹や2匹余裕だろう。

(あれ、ウサギは1羽、2羽だっけ? 獲物の時だけ羽で数えるんだっただろうか?)

曖昧な記憶ではピンとくる答えが出せず、記憶の片隅にでも答えがないかと唸る。
携帯を持っているんだから調べればいいのは百も承知だけど、調べたらなぜか負けな気がした。

意味もなく負けず嫌いな性格だけど、こんな自分が結構好きだ。

「国見?」

「え、あ、はい」

考え事をしていた思考の中、不意に呼びかけられ、声の方に視線を向けると、青ざめた部長と視線ががっちり合う。
仕事の時はオールバックの髪型なのに今日は額に前髪が下りていてちょっと幼くてかわいい。
でも間違いなく声が、姿が、存在が部長。

「なんで、ここに……」

部長の指先が震えてスルリと手からウサギが逃げる。
ぴょんぴょんと軽快なリズムで地面を跳ねたウサギは、100円で売られているウサギのエサを配るお客に愛想を振りまいていた。

結局誰でもいいのか、現金なウサギめ。

「こ、れ……は」

子供の笑う甲高い声。
穏やかな曲。
和やかな雰囲気。

誰もが幸せそうな中で部長だけが不幸。
でもその不幸そうな顔、勃起しそうなんだけど、マジ。


「俺は可愛いと思うんですけどね」

「確かにウサギは可愛いが!」

グッと拳を握りしめて部長は力説する。
いやいや、確かにウサギは可愛いと思うけれど、そこではなく。

「いえ、部長が」

「は?」

本当に部長は可愛いと思う。

ウサギが好きなのを必死で隠そうとする所も
他に方法を思い浮かばなくてお金で解決しようとする所も
俺がまだ誰にも言っていないと無意識ながら思ってる所も

全部、かわいい。

「部長、俺ゲイなんです」

「……、は?」

パチパチと瞬く目は真ん丸で、部長はこの状況を理解出来ていないようだ。
非日常的過ぎて受け入れられないだけかもしれないけれど。

「これでお互いの秘密を知ったからおあいこですね」

まだ頭の上に大きな「?」を掲げた部長にニコリと笑いかける。
不思議そうに小首をかしげる部長が可愛いたまらん。

「え?」

「俺は部長とか超タイプなんですけど、どうです?」

「どうって」

右手の親指と人差し指で輪を作り、それに左手の人差し指を抜き差ししてみせる。
下品な表現でようやく気づいたのか、部長は頬を淡く上気させて俺の手を叩いた。

「かっ、からかうな!」

「本気ですけど?」

「なおさら性質が悪い!」

「勃ちは悪くないですよ、ほら」

嫌そうな顔をしている部長の腰を抱き寄せて、自分の下肢をこすりつける。
あまりにも可愛い部長にさっきから勃起してたとか、俺も若いね。

「ぬ゛あ?!」

「ね?」

「な、なななななんで勃ってるんだ!?」

「部長が可愛いから」

今までは夜のおかずにするだけで我慢してたのに、部長の秘密を知ってしまったなんて興奮する。
イマラチオさせて涙目になってえづく部長の綺麗な額にザーメンぶちまける妄想と同じくらいの興奮。

それがウサギなのがちょっと惜しい感じ。
もっと別の、たとえば人に言えない性癖とかだったら脅しのネタに使えたのにな。

「国見、お前本気……、なのか?」

「はじめから何一つ嘘なんてついてないですけど?」

「なんでよりにもよってこんなおっさんなんか」

「好みが年上なんですよ。真面目な感じの人が綻ぶ瞬間が好きっていうか、付け入りたいっていうか、ぐしゃぐしゃにしたい? みたいな?」

「随分と酷い事を言っていないか?」

「そうですか? だってぐしゃぐしゃになって泣いてる所をよしよししてあげるとか萌えますよ」

「その原因がお前なんだろう」

「泣かせる原因も俺とか、独占欲丸出しですね!」

「そう、か?」

つついて泣かせて慰めたい。
いじめっ子の心理に似ているような気もするけれど、いい大人だから加減も出来る。

絡め手で捕えて逃げられない様に絶妙な力加減でいかないと。

「ところで部長」

「なんだ」

「貞操の危機とか感じてくれてます?」

「はい?」

いまいちわかってくれていないらしい。
鈍感な所も可愛いけれど、ゲイだと告白した男が自分相手に勃っている事実をきちんと受け止めて貰わないと俺も困ってしまう。

「これから楽しみですねー」

「い、意味が分からない」

まるで少女マンガのよう。
だって秘密を共有する2人が恋に落ちるのって定石じゃない?


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