◆短編
鎖の先2※R18
「ファルゴ、リィを元の姿に戻してあげられないかな?」
成長し精悍な顔立ちになったヴィクトルは、その表情を悲しげに歪めると小さい頃とあまり変わらない。
困った事があると俺を頼るのは癖だろう。
俺も暇だしヴィクトルの頼み事はいつも面倒で面白い。
だが今回は少しばかり面倒が過ぎた。
「出来なくはない」
「それじゃあ……!」
「待て待て、出来なくはない。だが、元の姿になった時ネズ公は生きちゃいないぞ」
「え」
パァッと明るくなった表情が、水をかけられた火のように精彩を欠いていく。
悲しませたかった訳ではないが、嘘をつくのは俺のポリシーに反する。
「期間が長すぎて身体に魔力が馴染みすぎてる。無理に身体から魔力を抜けば生きるための力そのものを失ってしまうだろう」
「そん、な……」
目に絶望の色を湛えたヴィクトルは、腕をだらりと力なく揺らした。
全身を覆っていた強い気配はなりを潜め、泣きそうなほどの悲しさに覆われていくのが判る。
内心でその悲しい気配に舌なめずりをした。
暗い表情というのはたまらなく美味しい、それが弟のモノだとしても、だ。
それは俺の悪魔としての本能なのだろう。
好きでも嫌いでも愛していたとしても、俺は傷つけずにいられない。
しかしその感情とは別に弟は可愛いので、多少はフォローしてやるか。
俺は弟の幸せを願ういい兄だ。
「ネズミの姿じゃなきゃいけないのか?」
「ネズミじゃないよ、ハムスターだ」
まったく細かい奴だ。
ネズミとの違いなんてせいぜい尻尾の長さぐらいじゃないか。
「ああ、その、えーとなんだ、ハムスター? じゃないと可愛がれないのか?」
「そんな事はない。リィは今のままでも十分可愛らしいくて、柔らかで、私を捕らえて離さない存在だよ」
うっとりと、夢を見るようにヴィクトルはネズ公を賛辞する。
あいも変わらず俺の弟殿は可愛いもの好きのようだ。
「じゃあそのままの姿で幸せにしてやればいい。姿が他と違ってしまったなら、普通では味わえない幸せを感じさせてやればいい」
「普通では味わえない幸せ……」
「出来ないなら殺せ」
俺の言葉を聴いたヴィクトルがゴホッと咳き込んだ。
何だ、風邪か?不摂生な奴だ。
人間はすぐに死んでしまう脆弱な生き物だから気をつけなければいけないのに。
「きょ、極端だな」
「不幸な生なんて面白くもない。奪うのは力あるものの特権だろう?」
力を持つ者だけに許された暴力という強大な力は、俺にとって最大の快楽だ。
弟の頼みという良い言い訳を理由にその暴力で幾人もの人間を殺めてきた。
生の消える瞬間の燃え尽きる感触は絶頂しそうなぐらいに気持ちがいい。
死んだ後で魂がどうなろうと気にならないのであれば、好き勝手に生きるのはとても楽しい。
それはとてもとても、楽しい。
「殺したりしない、リィの事は私が絶対幸せにする」
「やってみりゃいい」
ヴィクトルの声には強い力が宿り、その瞳は決意が滲む。
情けなくても弟だが、やはり彼は彼らしくいてくれたほうが俺も楽しめる。
「ファルゴ、あの商人は?」
「ん、生きてるぞ」
「もし殺すなら死ぬより苦しめてから殺してくれ」
目の奥を怪しく光らせてヴィクトルが嗤う。
凶悪な色を含んだ瞳はゾクゾクするほど悪魔的だ。
まっとうに見えて彼も純粋な人間ではないと改めて感じさせる。
だが俺の返事はNO。
「殺さない」
訝しげな顔をして俺を見るヴィクトルに、俺はクックと抑えた声で笑いながら奥の部屋へと続く扉を開いた。
むわっとした空気が扉が開いた事で動いて暗い室内に光が入り、内部の様子が徐々に明らかになるにつれ、ヴィクトルの表情は苦々しく歪む。
「……趣味が悪い」
吐き捨てるような言葉は嫌悪感を滲ませていた。
それもそうだろう。
ヴィクトルが殺してやりたいほど憎い男は、俺のベッドの上であられもない姿で眠っているのだから。
人間のモノとはサイズの違うペニスで穿たれた尻穴は閉じきらず、ヒクヒクと襞を蠢めかせ腸壁を覗かせて、太ももまでトロリと精液で濡らしている。
全身くまなく痕をつけた所為でいたる所に残るうっ血は性をまざまざと感じさせた。
疲れ果てて持ち上げても起きる気配のない男を腕に抱えると泣きはらした顔を晒す。
目元は真っ赤で顔面は涎とも涙とも鼻水ともわからない液体でぐしょぐしょに汚れていた。
指の腹で顔を拭うと小さな声を上げるけれど、目を覚ますことはない。
「可愛いだろ」
「これが?」
「これが」
顎を手の平で掬い上げ、顔をよく見えるようにしてやるとヴィクトルは露骨に顔をしかめた。
嫌そうな顔は俺の心に充足を与えてくれる。
「私にはわからない」
顔をそらしつつヴィクトルは左右に首を振った。
小さくてホワホワと柔らかいものが可愛い弟とは感性が違うため、昔からまったく意見が合わない。
だがそれは悪いことばかりではなかった。
「それは良かった」
「良かった? 何が?」
「取り合う必要がないだろう? 兄弟で争うこと程悲しく無意味な事もないからな」
「そんなに気に入ったんだ」
ヴィクトルの声音は驚きで彩られているが、勘違いもはなはだしい。
「そんな事はない」
眠る男の頬を舌でべろりと舐め上げると、しょっぱさと微かな旨みが舌をくすぐる。
弟以外に特別な感情を抱くのは初めてだが、それだけだ。
「死ぬまで一緒に遊んでいたい程度だ」
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