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◆短編
ある幸福な話:視点二※R18
指先が振れるだけで心臓が跳ねる。
熱を交差させるのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。

君が微笑むだけで心は温かくなる。
その笑顔を見られるだけで俺は幸せ。



「娼館……ですか?」

上官に連れてこられた店は明らかに堅気の店ではなく、うすぼんやりとした明かりに照らされいやらしく見えた。
連れてきた彼に悪気がないと知っているけれど、それでもこういった店は好きになれない。

「いい店なんだ、付き合えよ」

眉をしかめた俺を気にした様子もなく上官は店に入っていく。
逆らえるはずもなくあとに続くが、足がとても重く感じた。

中は外から見たほどいやらしさはないが、ねっとりと絡みつくような空気が肺を満たし、焚かれた香はむせ返るほど。
案内に出てきた店の主人と思しき男は、上官を見ると深々と頭を下げた。

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」

どうやら上官は常連客らしく、店の主人は特になにも言われずとも上官のお気に入りらしい者を呼ぶ。
上官も主人もなんともない顔をしていたが、呼ばれて来た者に俺だけが動揺した。

着ている服は性別のわからない異国の衣装だが、どう見ても男性だ。
もしかしてこの店は男娼専門の……?

きゃあきゃあと甲高い声を上げて上官の腕に身体を擦り付けた男娼は、引っ張る様にして上官をどこかへといざなっていく。
声をかける事すら忘れて茫然としていた俺に、店の主人は穏やかな笑顔を湛えて話しかけた。

「どんな子を連れてきましょうか?」

眩暈がする。
俺にいったいどうしろというのだ。

こめかみを押さえて苦渋の表情をしていた俺に、店に主人は口元を押さえてくすくすと笑う。

「すみません、冗談が過ぎました。お客様のような方、たまにいらっしゃるんですよ。話し相手になりそうな者をお連れしますのでこちらの部屋でお待ちください」

そういうと主人は店の入り口からほど近い部屋に俺を案内した。

清潔な室内には簡素な寝床と大きめのテーブルが用意されており、2脚の椅子がある事から客室としての役割よりも話合いに使われるのだろう事が見て取れる。
進められるまま椅子に座ると、深くため息をついた。

軍人である俺と男娼が何を話せばいいのやら全く見当もつかない。
ちらりと横目に見た寝床でいっそ眠ってしまいたい衝動に駆られる。

キィと音を立てて扉が開いた。



「ぁ…、っ、……ふ」

白い肌が桃色に上気し、胸が荒い呼吸に合わせて上下した。
肌の表面をしっとりと覆った汗が淡い光を拡散し、彼が幻想の生き物なのではないかという錯覚に陥る。

いつのまにこんなに愛おしい存在になっていたのだろう。

初めはただ波長が合うと感じて、ただ笑いあうのが楽しかった。
なぜか気になって通うようになり、どちらともなく身体を合わせた。

経験がなかった訳でもないのに、まるで初めての時のように震える身体を隠すのに必死だったのを思い出す。
いや、だったのではない。
今もまだ、彼に触れる指は微かに震えている。

男娼という職に就きながらも彼はとてもきれいだ。
この狭い世界で生きてきたからこそ現世に汚れていない。

顔だちも特に女性的な訳ではないし、身体だって成人男性にしては小柄だけれどもやわらかい訳でもなく、声だって低い。
何がこんなに愛おしく思えるのかと考えれば考えるほど、そのすべてが愛おしいと結論づける俺の頭はおかしいようだ。

恋に、狂っている。

ここは娼館で彼も指名があれば他の男に抱かれる。
初めは理解していたし、今も理性では理解している。

だが本能が許せない。
他の誰かに抱かれる彼を、彼に触れる誰かを思うと、怒り全身が震え、思考が赤く染まった。

自分は冷静な方だと思っていたが、これほどまで誰かを強く思い、誰かの為に狂えるのだと思うと感心する。
それが良い事なのか、悪い事なのかわからない。

もしかしたら俺がやろうとしている事は彼の綺麗な世界を壊し、彼を不幸にする事なのかもしれない。
金の力で彼を手に入れようなどと、彼に口汚くののしられても当然だろう。

だけどそれでも、俺はもう、あの白く美しい肌に誰かの指が触れるのを許せそうにない。

羽織った上着の内ポケットを上から押さえると、薄い用紙がカサリと音を立てた。
こんな薄っぺらい紙で彼の身元が自由に出来てしまう。

年齢が若いとは言えない彼の身請け金はそれほど高いとは言えなかった。
私なら幾らの値段をつけても彼を売る事など出来ないが、それを買う側になると助かったのは確かだ。

退役でそれなりにまとまった金が入るとはいえ、私もそんなに長い年月勤め上げた訳ではなく、自由に出来る金も少ない。
彼がここに長く居たからこそ身請けすることが出来、彼をここに居させたくないが為に身請けする。

皮肉な話だ。

「退役して稼業を継ぐ」

彼の目が驚きに丸くなる。
黒目がちの瞳が私を映し、数度何かを確認するように瞬いた。

ずっと言いたくてたまらなかったのに、いつも拒絶されるのが恐ろしくて伝えられなかった言葉。


「俺の、そばに居てくれ」


ああどうか、拒まないで。


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