◆短編
ある幸福な話:視点一※R18
身体だけの関係でもいい。
好きな人と触れ合える喜び。
多くは望まない。
ただ声が聞こえただけで震えるほど、私は幸せ。
「髪が伸びたな」
彼の指が私の前髪を掬い上げ、くん、と軽く引いた。
痛みはないけれど頭皮がひきつれるような独特の不快感と、彼に触れて貰えた嬉しさが綯い交ぜになって胸に去来する。
「切った方がいいですか?」
「別にこのままでもかまわんさ、似合っている」
先ほどまで髪に触れていた手を私の頬に這わせ、指の裏で頬を撫でた。
軍人独特の武骨な指は綺麗ではないけれど、温かくて私は好き。
「ありがとうございます」
それがお世辞でも嬉しい。
私が男娼という職業に就いたのはもう数十年も前。
娼館に売られた幼い私が小さな身体に雄を受け入れたのは、まだ子供と言ってもいい年齢だった。
伸ばされる腕の乱暴さに震え、挿入の痛みに泣いたあの頃の純粋な私はもういない。
今になってみるとそれほどひどい事をされた訳でもないのによく泣いたものだと苦笑してしまう。
酷い店では使い捨てのように子供に客を取らせるが、私が売られた店はその中では良心的だった。
ちゃんと仕事をこなせば温かい食事が貰えたし、お風呂にだって毎日入れる。
それなりの年月が経った頃には曜日を決めて休みを貰えたり、店の経理なんかも教えてもらえるようになった。
年をとるにしたがって客も若い年代の子に移っていき、私は事務方に回る事が増えていく。
それでもたまに変わり者が私を抱き、私はそれを受け入れる。
今はあの頃と時代も変わり、当時の私の年齢の子供は店に雇わなくなったものの、私が変われる訳ではない。
他の世界などしらない私にとって、この娼館が世界のすべてだ。
「ん、……ふ、ぅ、…ん」
彼の雄々しい肉茎に舌腹を這わせ、カリ首を舌先でちろちろと舐める。
感じているのか先端の穴からこぼれる快楽の蜜は少しだけ苦く、雄臭い彼の匂い。
幹を伝って垂れる滴をこぼさない様に舌で受け止め、全体を包み込むようにしゃぶる。
舌で亀頭を、唇で幹をきゅ、きゅと締め付けて軽い刺激を与えると、彼の口から吐息のような擦れ声が聞こえた。
彼が感じている。
そう思うだけで私の下肢にじゅんと熱が篭るのがわかった。
刺激されれば感じる。
それはあたりまえの事だと誰よりも知っているはずなのに、それが彼だというだけで特別な事のように感じてしまう。
いつの間にこんなに好きになったのか、不思議でたまらない。
「お客様、ですか?」
とうが立った男娼に客なんてしばらくぶりで、事務仕事をしていた私は思わず持っていたペンを取り落す。
コロコロと転がったペンをあわてて拾い、机の上に転がらない様にして置いた。
どうやら性欲を満たしに来たわけではなく、付き合いで来たために話し相手が欲しいようで、ようやく納得がいく。
年若い子たちでは自分の話をするばかりで、相手の話を聞くことまで気が回らない。
その点私は話す事柄がないのも手伝って大変聞き上手だ。
にこにこ笑って頷いていればいいのだから、こんな楽な仕事もない。
「わがままを言って申し訳ない」
「いえいえ、面白い話も出来ませんがよろしくお願いいたします」
お互いに深く頭を下げあった。
そしてお互いに無口であった。
しばし無言。
静寂ののち、どちらともなく笑い、なぜか楽しい不思議な時間。
その時は世間話などをぽつりぽつりと話し合い、それではと別れた。
いやらしいことなど欠片もない、平和で平凡な時間は私の心にとてもいい思い出として残る。
……はずだった。
彼が再び店に来るまでは。
「んっ、あ、あぁ……」
勃起した肉茎を手で支え、後唇で受け入れる。
軟膏を塗りこめてほぐした後唇は疼くような熱を持ち、張り出たカリで内壁を逆撫でられ、全身を痺れるような快楽が貫いた。
「あっ、……っく、ぅっ!」
抜き差しされる度、裏筋に浮いた血管が襞を刺激して、本来なら排泄腔のはずのそこが、快楽を生み出す性器に変わる。
あからさまな喘ぎが恥ずかしく、シーツを噛んで声を押し殺す。
「我慢しなくていい」
「ひうっ?! あぁ……っ!」
彼の指がぬめる後唇をなぞり、襞をクッと引っ張った。
肉茎でいっぱいに拡がっていたはずの後唇にほんのわずかな隙間が生まれ、外気が火照った内壁をなぶる。
何よりも彼が結合部を見ているのが恥ずかしく、私はなんとか逃げ出そうと身をよじった。
勿論逃げ出せるはずもなく、難なく腰を掴まれて引き戻されてしまう。
「んんっ!」
グッと突き入れられた肉茎が甘く中を刺激して、私の身体が快楽に戦慄き、自身の雄から蜜を垂らした。
彼よりも先にイってしまいそうな自分を戒めようと、肉茎に手を伸ばすけれど、その手を彼に止められてしまう。
「言っただろう、我慢する必要なんてないと」
「でも、お客様より先にイク訳には……」
客だなんて思っていない癖に。
お金なんて貰わなくても、むしろ払ってでも抱かれたいくせに。
彼の負担にならないように私は男娼の立場を崩せない。
だって彼に好きだなんて言ってしまったら、もう彼がここに来てくれなくなるかもしれない。
「…………」
「ぃ、あっ!」
彼がなにかを耳元で囁いたが上手く聞き取れず、聞き返そうとした私の耳たぶを甘噛みする。
歯と吐息が私の耳を嬲り、腰が快楽で疼いた。
「ぁああっ、あっ、あああっ!!!」
優しく掴まれていた腰を激しく揺すられ、強い抽挿で後唇を抉られる。
ガクガクと視界は揺れるほど激しいのに痛みは一切なく、快楽だけが全身を支配した。
「っく、ぅううぁあ……っ!」
全身に力を入れて絶頂を耐えようとしたものの、すべて無駄に終わる。
触れてもいないのにだらしなく精液を垂らす私の肉茎は、快楽を感じて嬉しそうに上下に跳ねた。
「っく、あ……!」
絶頂の刺激で内壁が痙攣し、彼の肉茎を絞りとるように蠢くと、体内で彼の肉茎が熱い飛沫を私の中に注ぎ込む。
奥まで犯そうとするように注がれる精液に、私の全身は声もなく悦んでいた。
「あ、あ…、……ん」
下肢でつながったまま、重なる唇。
このまま離れないで、1つになってしまったらいいのに。
少しでも長く触れ合って居たくて、私は彼に腕を伸ばした。
「退役して稼業を継ぐ」
全身が強張り息が止まりそうになるのを必死で隠し、なんでもないような顔をする。
ああ、でも、上手く笑えている気がしない。
「そうですか。寂しくなりますね」
それはもう、泣き喚きたくなるほどに。
指先の震えを隠す為にギュッと握る。
目の下が熱く、涙袋に涙が溜まっていく。
だけど涙を零してはいけない、彼の負担になるような事だけは決してしてはいけない。
「……言い訳だな」
「え?」
「退役した時にまとまった金が手に入る」
「お金にお困り、でしたか?」
彼はそれなりの名家の生まれだと聞いた事がある。
詳しく聞いて不興を買うのが嫌だったので彼から聞いた事はないけれど、旧家の生まれで固い家柄だと若い子等が噂していた。
私が知らないだけで彼の実家にも不況の煽りが着ていたのだろうか?
「君が」
「私が?」
「他の誰かに触れられるのが勘弁ならんのだ」
そうは言われても私は男娼で、乞われれば相手をしなければならない。そういった生き物だ。
彼がそれを疎ましく思っても、私に客を拒否する権利はない。
「俺は今まで誰に恥じる事なく生きろと言われて育ってきた。俺自身もそうあるべきだと思っているし、そうしてきた」
彼が言う通り、彼はいつも真面目で潔い。
それには一点の曇りもない筈なのに、なぜ今それを口にしたのだろうか。
彼は私の手を取ると、グッと引いて引き寄せる。
強引ではないものの有無を言わせない強さで引かれ、私の身体は彼の腕で抱きしめられた。
「卑怯だと謗られようとも構わない」
「あの……?」
「俺のモノにする」
彼が軍服の内ポケットを探り、金色の枠で装飾された用紙を取り出した。
冗談のような現状に、意識が追い付かない。
「それ、って……」
震えた擦れ声が醜いけれど、そんな事に構っている余裕すらない。
心臓がバクバクと跳ねて、まっすぐ立っていられず彼に手を伸ばした。
「俺の、そばに居てくれ」
私の手に重なる彼の手が包み込むように私の手を握り、触れ合った肌から彼の熱が伝わる。
これ以上を望んでも、いいのだろうか?
握り返した手と、頬を伝う熱い涙。
それだけが夢を見ているように幸せな私にこれが現実なのだと教えてくれた。
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