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◆短編
東の勇者と西の勇者2
「エンド、……と」

「何書いているんですか、何を」

いつの間にか傍まで来ていた西の勇者は、その手に銀のトレイを持っている。
トレイの上ではホワリと柔らかな湯気を立てるコーヒーが良い匂いをたてており、手渡されたカップは温められていたのか手にも温かい。

「んー、自伝?」

「その割に書いてあるのは俺の事のような気がするんですけれど」

「そりゃあ、これは出会い編だから」

「出会い編って、いったいどこまで続くんですか」

「さあ?」

クスクスと笑い、不思議そうに眉根を顰める彼を見つめた。
真面目な所は出会った時と変わりなく、いや、一層真面目で素敵になったと感じる。

「君次第かな、西の」

「それならずっと続きますね、東の」

絡み合う視線が次第に距離を縮め、吐息は唇に触れるほど近づく。

今だ思いきれない西の勇者は初心で本当に可愛らしいが、俺はそれほど気が長い方ではなく焦らされるのは好きじゃない。
彼の頬に手を当てて顔を傾け、自分から口づける。

別の地で生まれ、同じ立場、違う存在。
今は1番近くにいて、一緒に平和を感じられる。



魔王との戦いで辛くも勝利を掴み取った俺は、仲間に助けられた時には死にかけで、傷は完璧に癒えた今でも日常に少しだけ不便を感じる身体になってしまった。
問題なく歩く事も出来るし1人でもなんとか生活できるけれど、以前のように全速力では走れないし重いものを持つと腕が震えてしまう。

出来ていた事が出来なくなるのは自分が思っていたよりももどかしいもので、それが日常になるとかなりのストレスを感じるようになっていた。
何よりも今まで自分を支えてくれていた剣を持てなくなったのがつらい。

それでも平和の代償にしたら安いものだと自分を誤魔化そうとした俺に、世話役を申し出たのは西の勇者だった。

「君がこんな事しなくても」

立場は違えど彼は英雄だ。
今まで自分を犠牲にしてきた分これからいくらでも幸せになれるのに、俺の介護で人生を無下にすることもない。

断ろうとした俺を彼はまっすぐに見つめ、嘘のない言葉をストレートに俺にぶつけた。

「ほかの誰でもない貴方に俺は救われました。だからこそ今度は貴方を救いたいのです」

まるで強烈なプロポーズかと思えるほど真摯な彼の言葉にぐらりとする。
そんな含みは全くなかったのだろうけれど、あの言葉を言われたら並みの女だったら簡単に落ちるだろう。

何せノーマルの女好きだった俺ですら簡単に傾いてしまったのだから。
まったくなんとも恐ろしい。

勿論真面目な西の勇者にあるのは溢れんばかりの好意。
問題なのは受け取る側の俺の心が思いきり傾いてしまった事、そして顔に似合わず思いきりがの良いと仲間に絶賛される俺の性格。

(一緒にいる時間が長ければいける、か? 素直そうだし従順そうだ)

「あの?」

「迷惑だと思うが、お願いしてもいいか?」

誰もを安心させると言われた笑顔で彼に向かってにっこりと微笑んでみせる。

「はい!」

ほんのり頬を赤く染め、彼は大きく頷いた。
性質の悪い勇者が自分を狙っているとも知らずに。



「ん……」

「はふ、ぁ……」

ゆっくりと唇を離せば、耳まで真っ赤に染めた西の勇者が目に入る。
ただのキスなのに彼にとっては特別なものに感じるのだろうか?

……俺がそう感じているように。

「続き、する?」

「ダメです、もう晩ご飯ですから」

「おや、相変わらず堅物だね。ご飯の時間をずらせばいいんじゃないかな、西の」

「今日のメニューは貴方の好きなロールキャベツですが、東の?」

「すぐご飯にしようか」

「はい」

冷めてしまってはもったいない。
長くクツクツと煮込んだものも美味しいけれど、少し歯ごたえのしっかりしているキャベツもそれは美味なのだ。
西の勇者は料理まで上手で尊敬してしまう。

立ち上がる時によろけがちな俺に西の勇者が手を伸ばす。
西の勇者の手に以前のような剣術で出来た肉刺はないけれど、生活感を感じさせる手はごつごつしている。
働き者の荒れた手はとても暖かい。

「西の」

「はい?」

「世界は平和で、美味しいモノが食べられて、隣には自分を大事にしてくれる人がいる。俺はなんて幸せなんだろうな」

身体が不自由になった俺に同情する人は少なくない。
せっかく世界が平和になったのに、ある国の王は王女の夫にと望んでいたのに、そんな声もちらほらあった。

だけど今、これ以上望んでは罰が当たりそうなほど、俺は幸せだ。

「……俺もです」

ギュッと握り返される大きな手に、ジワリと心が温かくなる。

「気持ちのいいエッチもついてくるとなお最高」

「エ…ッ?! …………善処します」

これ以上を望んでみたが、今の所罰は当たらないらしい。


それならば望む。
繋いだこの手が、いつまでも離れない事を。


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