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◆短編
東の勇者と西の勇者1
青年はごく平凡な存在だった。
ただ少し他よりも逞しく、少し他よりも愛国心が強く、他より群を抜いて優しい人間だった。

青年が育った国は魔物が多く生息し、年間に数十名の死者を出す国で、軍事にとても力を入れている。
常に険しい表情を崩さない王は民を守る為に必死になって尽力したが、それでも被害は減らなかった。

民の誰もが王を責めはしない。
王が必死で守ってくれているのを誰もがわかっていたし、だからこそこの程度の被害で済んでいるのもちゃんと理解していた。

青年は少しでも平和に貢献したいと、幼い頃から手製の木刀を振り回し鍛錬を積んだ。
大人たちは幼い子供の幼い思いつきを微笑ましく思っていたが、青年は違った。

幼くも純粋な思いは、劣化することなく彼の中で輝き続けていた。

数日で飽きると思われた鍛錬は、1週間、1か月、半年、1年、と休むことなく続けられ、はじめは全くなっていなかった動きは次第に洗練されていき、いつしか青年は国で1番の使い手となるまでに成長していた。

周りは強くなった彼を讃えたが、彼はなにも変わらなかった。
ただ国を、人を守りたい、それだけだった。

そのうち誰かが彼を勇者と呼んだ。
実際に勇者ではないし、彼から自称したことはなかったが、魔物の襲撃につかれた国民たちは勇者という心地よい呼び名を好んで呼ぶ。

事実はどうあれそれがみんなの救いになるのならと、彼は反論をせずその呼び名を受け入れた。
いつか本物の勇者が現れた時、自分が罰されるであろうことも理解しながら。

それからも彼は魔物が出れば先頭に立って討伐し、襲撃に備えて自警団の指導も引き受けた。
忙しい勇者としての仕事の合間には、頼まれて農作業の手伝いをしたり、彼を慕う子供の遊び相手をしたり多忙な日々を送っていた。

毎日激務で身体はとても疲れていたけれど、気持ちはとても充実していた。
自分の大事な人達を自分の手で守れる喜びは、勇者と偽る罪悪感をつかの間忘れさせてくれた。

このまま勇者が現れなければ……

青年の心にそんな考えがフッと過ぎる。

それが都合のいい考えだと青年は理解していたけれど、少しでも長く自分の手で大事な人達を守りたかった。
自分がしてきた事が少しでも誰かの為になっていると、思っていたかった。

そんな日が終わるのは、そう遠くはなかったけれど。

青年の国に勇者と名乗る青年が現れた。
国の人々は驚き、どよめいた。

彼らは自分達が勝手に勇者だと言い出した事はすっかり忘れ、ただ青年を勇者だと盲信していたからだ。

現れた勇者は青年よりも少し年上で、身長こそ少し青年よりも低かったが、その身の内からあふれ出るようなエネルギーは常人ならざる気配を感じさせた。
さらりと流れる金糸の髪は気品を感じさせ、意思の強さを思わせる強い瞳に、圧倒的な存在感は威圧的ではないのに威厳を漂わせている。

青年には彼が本物の勇者である事がすぐにわかった。
偽物である自分とは違いすぎる。
ただ人よりも少し強いだけの自分とは。

だから勇者が青年に会いたいと言っているのを聞いた時、終わりが来たのだと静かに受け止めた。
自分の手で守れなくなるのは寂しいけれど、これからは彼がみんなを守ってくれる。

今まで慕ってくれた国の人々は、青年を困惑の瞳で見つめた。
青年が勇者ではない事を薄々気づきながらも、まだ信じきれないのだろう。

騙していたのかと激昂する人もいた。
青年は勇者と呼ばれた時同様、反論もせず言葉を発することはなかった。

「やあ、西の」

叱責され罰を言い渡されるのを静かに待つ青年に、1人の人物が静かに話しかけた。
それは青年の名前でもなければ、知った声でもない。

だけど明確に青年を呼ぶ声に、ふと視線をそちらに向けた。
そこにいたのは金糸の髪を風に靡かせ、悠然と立つ勇者だった。

街の人の間ではどよめきが起き、ざわざわと落ち着かない。
その中でも1番落ち着かないのは青年の内心だっただろう。
今までそんなに慌てた覚えがないほどに、青年の心の中は驚きで満たされていた。

「あの……」

声が震える。
勇者が自分に言った言葉の意味が青年にはわからなかった。

「実際に会うのは初めてかな? 西の勇者」

「え……?」

聞き間違い、ではないだろう。
街の人達の間でも驚く声が聞こえたから。

「ん、どうしてそんな不思議な顔をしているんだ?」

「勇者って、今」

「ああ、そうだよ。君の噂は聞いていた。君がこの国を守っていてくれるのはとても心強く、背中を守られているような安心感がある」

そういって勇者は笑むと、スッと青年に向かって手を伸ばした。
綺麗な外見に似合わない肉刺だらけの手を握り返す。

お世辞にもやわらかいとも言えず、傷のせいか指に痛い。
だけどその手で大勢の人を守ってきたのだと思うと、こうして手をつなげる事が素晴らしい事に思えた。

「俺は、勇者じゃ……」

「君は勇者とはなんだと思う?」

「え? ……えっと?」

「魔物を多く殺したら勇者? その血筋に生まれたら勇者? 王に認められたら勇者?」

言葉の裏に毒を含ませた勇者の言葉にゆるゆると青年は首を振った。

必要に感じて剣を振るうが、必要ないなら剣などない方がいい。
魔物とはいえ無為に命を奪うのはとても恐ろしい。

「俺も違うと思う。誰かの為に頑張れる者は皆勇者なんだと信じている。その中で特に人の為に尽力出来る者がきっと勇者と言われるんだ」

「人の為に」

「俺は君を勇者だと思ってる。噂で聞いた時から会いたいと思っていた」

「噂が外の国まで流れているんですか?」

「ああ、この国は心根が綺麗で気持ちの優しい勇者が守っていると評判だ。君を誇りに思う国民が外に出た時話題にするんだろうな」

その言葉に

感情が
心の奥底から押されるようにして

涙があふれた。


強くなりたかった訳じゃない
認められたかった訳じゃない
勇者になりたかった訳じゃない

だけどこんなにも彼の言葉に嬉しいと感じてる自分がいて、青年は静かに涙をこぼした。
何かが報われた、そう、感じた。

「西の勇者、改めて握手がしたい」

そう言われ深く頷くと、差し出された手に自分の手を重ねる。
重ねた自分の手も彼の手に似てぼろぼろで、青年にはなぜかそれが嬉しかった。


勇者は国の事を青年に任せ、自分の旅に戻っていった。
魔物を狂暴化させる原因と戦う為に旅に出る勇者に青年は、この国を必ず守ると誓って笑顔を交わした。

勇者が魔王と言われる存在を倒し、世界が平和になるのはそれから3年ほど後の話である。


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