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999999HIT 捕食者-人間トーク1
「どうぞ」
「お、ありがとう」
志波から差し出されたコーヒーがふわりと香り、とても香ばしくていい匂い。
「お砂糖とミルクどうしますか?」
「いや、俺はいいや。しかしあれだよな、気候があうのは判っていたけど、ここに来てまでコーヒー飲めるとは思わなかった」
「そうですね、自生してるのを見つけた時は目の錯覚かと思いました」
一族の間では食べられないものとして認識されていたコーヒー豆を、自己流で焙煎して美味しく飲めるまでにした志波は凄いと思う。
とはいえ苦味を嫌う一族の間では不評なのだが。
最近許されて近場の外出まで認められた医者達は、それぞれ新しい生活に順応しようと色々頑張っているようだ。
幼く環境に慣れやすい子供の藤や、元々ここに住んでいた医者はともかく、志波はどうかと思っていたのだが中々に順応性が高い。
「ここには慣れたか?」
「ええ、大分。むしろ他の一族の人の方が俺をどう扱ったらいいのか困ってる位ですよ」
閉鎖的な一族だ、さもありなん。
それでも志波は馴染んでいくだろう、なにしろこの人柄の良さだ。
「でも藤が毎日楽しそうなのが嬉しいです」
「ん、向こうではやっぱり苦労したのか」
「フジを育て始めた頃は俺が学生だったのもあって日中は親に預けっぱなしでしたし、人と比べると特異な体質だから他の子供と交流させる訳にはいかなかったんですよ」
「あー、確かに力を調節出来ないと怪我させかねんもんな」
本人が望む望まないに関わらず、もって産まれた力はどうしようもない。
無自覚に力を振るい傷つくのは、相手だけではなく、自分もだ。
「あの時の俺は先輩ともう1度会えると思ってなかったですから、せめてこの子に不自由させないようにって勉強に子育てに必死でした」
「そういえばどうやってここを知ったんだ? アイツの性格からしたら言っていくとも思えないし……」
「フジに聞いたんです。先輩はフジにだけ教えていたらしくて」
「それは……、教える気があったのか?」
そんな大事な事を幼子に教えるなんて、居場所を知って欲しくないと言っているようなものだ。
何しろ藤が覚えていたってかなり重い枷だろう。
「知るかもしれない、知らないかもしれない、そういう賭けだったんじゃないかと思ってます。来たら傷つくけど来て欲しいって思ってたんじゃないかな、先輩は」
「わがままだな」
苦笑いする俺に、志波は嬉しそうに笑う。
本当に包み込むように人を愛する男だ、器がデカイ。
そんな表情を少し曇らせて、志波はカップの淵を指でなぞる。
「フジは教えてくれる時、辛そうでした」
「そっちの知り合いと別れるのが辛い、とか?」
それなりの時間を一緒に過ごしてきた人だ、別れは辛いだろう。
育ててくれたという恩もあれば尚更だ。
「いえ……。ずっと先輩が言った事を覚えていたけれど、言ってしまえば俺が殺されてしまうかもしれない事もわかっていたからです」
「そ、れは……」
「『内緒にしていてごめんなさい』ってポロポロ涙を流すフジを見て、ずっと1人で抱え込ませていたんだなって情けなくなったり、俺の事を考えてくれたんだって嬉しくなったり、色々考えさせられました」
自分の言葉で両親を無くすかもしれない、それでも2人がお互いを必要としている事を藤は知っていた。
だからこそ、自分を押し殺して、自分が傷つくのも承知で志波に教えたのだろう。
「優しい子だな」
「はい」
いまこうやって平和に話せる事がどれだけ幸運なことなのかと思い知らされ、改めて凄まじい偶然に感謝する。
「そういえば以前教授から聞いたんですが」
「うん?」
「血の繋がりがないって、本当ですか?」
「ああ、その事か。俺は養子だからあの人との血の繋がりは全くないよ、けど不思議と似てるって言われるんだよなぁ……」
「なんとなく感じる雰囲気が似てる気がします」
「そうかなぁ」
変人として有名なあの人に似ているというのはかなり複雑で、俺はそんなに変わってはいないと思うのだが。
自分では判らないだけで、やはり育てられると似てくるのだろうか?
「失礼かもしれないですが聞いてみたくて。……実の両親って気になります?」
志波もおそらく学者気質なのだろう。
わからない事はとことん突き詰めたいという欲求は学者に必要不可欠なものだ。
「多分俺の場合、調べればすぐわかったんだろうけど、興味が無かったな。ただ単なる精子と卵子の提供者だから親ってモンでもないし」
「え?」
志波が驚いた表情で目を丸くする。
なんだ、そこまでは知らなかったのか。
「俺は政府主体研究で産まれた人工子だよ」
「それって試験管ベビー……?」
「そうそう。俺の場合、知能特化の研究者系の親だったかな? いい環境で育てる為に研究者の里親を募って、なんとなく気に入ったあの人に貰われた訳」
コーヒーを口にしてコクンと飲みこむ。
懐かしい味、昔はこの苦味が苦手だったが、今は不思議と心地いい。
「すげぇよな」
「何がですか?」
「親の腹も通らず産まれた俺が、産めるはずの無い性別の癖に子供を産んでるんだもん。ま、苦労がなかったとは言わないけどさ」
普通に恋愛する事もないと思っていた。
多分父さんと同じように自分だけで生きて、そして戯れに子供なんか養子にして、自分勝手に生きていくんだと、そう思っていた。
朔夜との出会いは良くも悪くも俺を変えた。
「何も無かった場所から子供生み出すだからな、母親は多分父親するよりも楽しい」
「そう聞くとちょっと羨ましいですね」
俺は俺の生まれを不幸だと思ったことはない。
研究するのに特化して生まれ、それに順応し、そして好ましい環境を与えられた。
両親がいなかっただけで、あの人はあの人なりに俺を大事にしてくれて、俺に名前をくれた。
色々大変な事もあったけど、全て終えてみればそれを補って余りあるほど今楽しくて幸せだ。
「楽しいぞー、産んでみれば?」
おそらく医者は志波を抱かないだろう事をわかっていてにやりと笑ってやる。
この感覚は産んだ者だけの特権だ、朔夜にだって分けてやる気はない。
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