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長編




万事屋に好きだと言われたのは、ミツバの葬式が終わって一ヶ月程経った頃だった。
その頃には色々なことが落ち着き始めていたし、なんだかんだ言いながらも、俺が助けてくれたあいつに感謝をしていたのは事実だ。それを口に出すことは、もちろんなかったけれど。
でも万事屋には、言わなくてもそんな思いが伝わったのかもしれない。現に俺たちは、あの事件から時々肩を並べて飲んだりするくらいには、仲良くなっていたのだから。そして俺自身、以前よりあいつに好意を持つようになったことは否定しない。
けれど、それが恋愛感情で好きなのかと聞かれたら、否と答える他ないだろう。
だって俺は、ミツバが好きなのだ。たとえあいつがもうこの世にいなくても、一生この想いを口にすることがなくても、あいつが俺を好きじゃなくても、それは変わらない。どんなに痛くても、苦しくても、あいつの幸せを願い続けることを決めたのだ。
だから、俺が口にするべき言葉は、一つしかない。
おまえを恋愛感情で見ることは永遠にないと、ただ一言声に出せばいいだけだ。
それなのに。
小さい声ならば漏れない程度に区切られた居酒屋の個室で、万事屋と向かい合った俺の口から漏れたのは、言うべき言葉とはまるで正反対のものだった。

「おまえが付き合いたいなら付き合ってもいいぜ」

なんて傲慢な答えなのだろうと、今でも思う。そして、これ程万事屋の好意を馬鹿にした答えはないだろう、とも。
万事屋が怒って俺を殴るのは当然のことだ。むしろ、そうして欲しいくらいだった。
けれどあいつは、何も言わずに静かに笑った。いつものへらへらとした笑みとは違う、ちょっと困ったような顔で、それでも確かに笑って見せた。紅色の瞳の中に、悲哀とも慈しみとも愛しさとも言えない、複雑な感情を湛えて。
いつか俺が万事屋のことを忘れて、その存在すら思い出すことがなくなって、それでもきっと、あの瞳の色だけは忘れないだろう。
俺はあの紅色を見詰めながら、頭の何処かでぼんやりとそう思っていた。

「土方がそれでいいって言うなら、俺はそれでも構わないよ」

そんな万事屋の言葉で、俺たちは付き合い始めることになった。
付き合い始めると言っても、変化したのは体を重ねるかどうかということだけだろう。その他に関しては万事屋が約束を取り付けて、時間が合えば俺がそれに従うという一方的な関係だったけれど、俺はそんな関係がちょうどよかった。
俺の心がミツバにあると知っていても何も言わず、ただ傍にいてくれる相手が、俺には必要だったのだ。
それが万事屋でなくてもよかったのは、確かだけど。そして、万事屋の気持ちを利用していることに関してだけは、俺があいつに罪悪感を持っていたということも。
いつか、俺が一人でもミツバを想っていられるくらいに強くなったら、その時はちゃんと万事屋に謝ろう。
あいつの隣にいながら、酒を酌み交わしながら、話しながら、抱かれながら、思うことはそればかりだった。



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あきゅろす。
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