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長編
5.透明傘



見上げた銀時の顔は、意外なほど苦しそうに歪められていた。滅多に見れないその顔は、何を意味しているんだ?

「……一人に、してくれ」

それでも俺は、銀時と目を合わせずに、ともすればこの雨に掻き消されてしまう程小さな声で懇願した。
例えこいつの苦しそうに歪められた顔が何を意味していたとしても、俺にはもう、無理だったから。
銀時から決定的な言葉を告げられることも。俺の知らない顔で笑いかけるくらい仲がいいだろう女の話をされることも。ましてやその女を庇って責められることも。

「おまえだって、嫌だろう。もう一度好きになって欲しいだなんて、そんな傲慢なことを考えている奴と一緒にいるのは」

そういいながら自嘲の含んだ、けれど今の自分ができる精一杯の笑顔を銀時に向ける。
涙と雨で前が霞んでよく見えないけれど。でも、それでもちゃんと、銀時のことを見ておきたかった。もう思い出さなくてもいいように、しっかりと胸に焼き付けておきたかった。

「お、まえ、何言って……」

「俺は、おまえが思うような素直で可愛い人間には、なれないから」

驚いたような銀時の言葉にそう返したのを最後に、俺は笑顔を引っ込めて、そっと目を閉じる。
そして確信した。次に目を開くとき、俺の瞳が映すものの中に、あの銀色は入っていないだろう。もう俺の瞳があの銀色を映す資格なんてないだろう。

……だって、わかってしまったんだ。自分がどれほど銀時に守られてきたのかを知っても、自分がどれほど傲慢だったのかを知っても、俺には今の自分を変えることなんてできないことに。女のように振る舞ったり、真選組や近藤さんを差し置いて銀時が一番だと思ったりなんて、できないことに。

ああ、でも。それでもやっぱり好きだ、なんて。そんなことを思っている俺を、こいつは許してくれるだろうか。
もう想いを押し付けたりなんかしないから。おまえの大事な奴に嫉妬して、酷いことなんて言わないから。
なあ、だから。まだおまえのことを好きでいる俺を、おまえは許してくれるだろうか。

「……馬鹿じゃねぇの」

不意に酷く苛立った銀時の声が降って来て、俺は思わず自嘲の笑みが漏れた。
どうやら、俺の最後の想いさえも、完全に消し去らなければいけないらしい。

「ッ……そんな風に笑ってんじゃねぇよ!!」

銀時は持っていた傘が落ちるのも気にせず、俺の肩をぐいっと掴んだ。

「なんでおまえはそんなにっ、愛されてる自信がないんだよ……!!」

それは酷く、切ない響きを持つ声音だった。銀時のこんな声を、俺は初めて聞いたはずなのに、それでも今はそんなこと気にもならなかった。
だって、……だって。

「俺は、ちゃんとできないから」

おまえから好かれるような人間になんて、なれないから。

「おまえだって、あの女の方がいいんだろう?……あんな言い方したけど、誰から見てもあの女はいい女で、すごく、お似合いだったから、大丈夫だ」

本当は、こんなこと死んでもいいたくなかった。自分以外の人間と銀時がお似合いだなんて、悔しくない訳無い。
でももしこれで銀時が幸せになれるなら、それでいいと思う。
銀時の痛みや苦しみは俺が全部引き受ける。その代わり、俺の分までこいつが幸せになってくれればいいから。

「ちゃんとできないって、何」

「銀、とき……?」

「いっつもそんな風に思ってたのかよ。俺が土方に愛されてるって思いながら幸せに過ごしているとき、おまえは、自分がちゃんとできないから愛されてないなんて、そんなこと思ってたのか……!?」

馬鹿じゃねぇの、なんて。そんなことを言われたのを最後に、俺は強く銀時に抱きしめられた。

「ちゃんとできないから愛されてないなんて、そんな哀しいこと言うな。……俺は素直でも可愛くもない、だけどなにより真っ直ぐで強い魂を持ったおまえに、土方十四郎に惚れたんだからッ」

それは、俺がずっと、望んでいた言葉。他の誰でもなくて、素直でも可愛くもない俺自身を好きだと言ってくれる、銀時の言葉。

「だからもう、他の奴とお似合いだなんて、言うな。……あいつはただの知り合いだから」

悲しそうに言うその言葉を、俺は信じてもいいのか?まだ銀時が俺を好きでいてくれると、信じてもいいのか?
目には見えないものを信じることがどんなに怖いか、おまえだってわかっているだろう。それでも俺は。

「おまえを信じていいのか?」

俺の問い掛けに、銀時はぎゅうっと腕の力を篭めて抱きしめながら答えた。

「絶対てめぇを裏切らない」

その声音に、俺は気付いてしまった。例えこの先何度こいつに裏切られようと、俺はもうこいつから離れられない。例えどんなに裏切られようと、それでもいいと思える程こいつが好きだ。

「銀時」

「ん?」

「愛してる」

「俺も」


銀時の腕の中で見上げた空には、いつの間にか綺麗な虹がかかっていた。



透明傘
(そんなものが無くっても)(二人だったら歩いていける)




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あきゅろす。
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