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短編
特別




いつも平等に優しいあの人に、特別が出来たのは一体何時からだったんだろう。


―――――――
―――――


「お妙さぁーん!!今日こそ結婚してくだ」

「死ねよゴリラァァア!!」

毎度局長を迎えに行く度聞こえる、痴話喧嘩のようなそれ。今ではすっかり慣れたけど、最初の頃は酷く驚いて、同時にあの女に殺意さえ芽生えた。
けれどあの女が、近藤さんの大事な人だと気付いてしまったから。平等に優しいあの人の特別だと気付いてしまったから。
俺はもうなにもできない。許されたのは、ただ殴られた近藤さんをあの女の道場ないし店へ迎えに行くことだけ。今日は店の方だ。きっとまた、金を取られるだけ取られて殴られているところだろう。

「いい加減自分の立場くらい弁えろよ。あんたも、一応この人は局長なんだからここまで殴るのは止めにしてくれねぇと」

案の定近藤さんは、店の中で気絶させられていた。
意識のない近藤さんに届いていないとわかっていながら一言声をかけて、それからそばに立っていた女に、こちらも無駄だとわかっていながら言葉を吐き出す。

「一応局長なら、ストーカーとか止めさせていただけません?」

表情を変えないまま言う目の前の女に、俺はぐっと詰まってしまう。
彼女の言ったことは正論なのだから。
嗚呼、それでも悔しい。それと同時になにも言えない自分にも、こんなことを言わせてそれでもアタックし続ける近藤さんにも、こんなことを言う目の前の女にも、腹が立ってしかたない。

「……ッ、テメェなんかに近藤さんは勿体ないんだよ」

「トシ!!」

近藤さんの声で我に返った。
……最低なことを言った自覚は、ある。少なからず傷付けてしまったとも思う。
それでも間違ってないだろ……!!訂正なんか、絶対しない。

「……余計なこと言って悪ィ、近藤さん」

ここまで来た目的も忘れ、俺は足早に店から出た。
優しいあの人だからきっと俺を責めることはないだろうけど、例え軽くでもあの女に謝れなんて言われたら、俺はどうすればいいのかわからなくなってしまう。

「なぁに余裕ない顔してんの。女にでもフラれたか?」

店を出た瞬間、いつもへらへらと掴み所のない笑みを浮かべる銀色に捕まった。あの女と決して浅くはない付き合いをしているこいつとは、正直会いたくなかったよ。

「……今テメェと話せる気がしねぇから」

万事屋に一瞥をくれて、さっさと足を進めようとしたが、やはり万事屋は大人しく行かせてはくれなかった。

「ちょっと待て。そんな怖い顔でどこ行くんだよ」

「ああ?テメェに関係ねぇだろそんなこと!!」

苛々する。なんで今日に限ってこんなのに捕まらなきゃいけねぇんだ。
……なあ、頼むから解放してくれよ。今は誰とも話したくないし、一秒でも早くここから立ち去りたいんだ。

「……なんでそんな泣きそうな顔なの」

万事屋の言葉が意外過ぎて、何の反応も出来なかった。いや、反応出来なかったのは図星だったからかもしれない。

「……そんな顔してんのか、俺」

「今にも泣き出しそうだよ」

万事屋の答えに思わず自嘲の笑みが漏れた。
嗚呼、情けねぇ。

「……好きだとか、恋愛感情でそんな風に思ったことはねぇし、ましてや好きになって欲しいだなんて考えたこともなかった」

「……うん」

どうせ情けないなら全部聞いてもらおうと、自分の靴を凝視しながら呟くように口を開いた。
こんなこと迷惑だと思っているはずなのに、それでも返事をしてくれる万事屋に甘えていただけなのかもしれないけど。

「でもあの人が俺の世界だから。特別とかそんな簡単なものじゃなくて、ただ、全てだったから」

「見てりゃわかる」

「……そう、だよな。
だけどそれを押し付ける気もなかったし、同じように思って欲しいとも思わなかったんだ。……あの人に特別が出来るまで」

我ながら凄まじい独占欲だと思う。恋愛感情なんて持っていないくせに、誰かに盗られるのは我慢ならなくて。その割に幸せになって欲しいなんて、笑顔でいて欲しいなんて、そんな我が儘を押し付ける。
そして、それら全てを許して貰っていた。

「俺にはおまえの気持ちなんてよくわからねぇし、その感情がどういった類のものなのかもわからねぇ。だけど」

そこで言葉を切って視線を別の方にやる万事屋。その先に何があるのか知りたかったから同じように顔を動かすと、そこには近藤さんがいた。

「あいつにとってもおまえは特別、だろ?」

救われた、なんて柄にもないことを思ってしまう。近藤さんにではなく、万事屋に救われただなんて。

「トシぃー!帰っちゃったのかと思ったけど、待っててくれてよかった!」

ニコニコと、本当に嬉しそうに言われたから、万事屋の言葉もあながち外れじゃないのかもなんて、そんな勘違いをしてしまいそうになる。

「今日はまだ誰にも会ってないよね?」

「は?」

意味がわからなくて、とりあえず時計を見るとちょうど十二時を過ぎていたから、今日初めて会ったのは近藤さんということになるのだろう。

「じゃあトシ、誕生日おめでとう!」

「!」

嗚呼やっぱり、やっぱり俺の言ったことは間違いなんかじゃねぇ。

「ありがとな、近藤さん」

俺は一言お礼を告げて、近藤さんの後ろをついてきたらしいあの女に近付いた。

「なんですか?」

さっきのことをまるで気にしてないという風に問い掛けてくる、目の前の女。

「さっきは悪かった。あんたは顔もいいし、真っ直ぐな魂だって持ってる、最高にいい女だと思う。けど」
俺はちらりと近藤さんを盗み見て、自信満々に言ってやった。

「あの人はそれ以上にいい男だろ?」

答えなんて聞く気はなかったから、すぐに踵を返して近藤さんの元へ向かう。
だけどその時目に入った万事屋が、口パクでおめでとうなんて言ってくるから、俺はちょっとどうしていいのかわからなくなってしまった。



特別
(その枠の中に)(あの銀色を入れてもいいと思った)




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