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短編
はじめの一歩




誰かを真っ正面から祝う方法なんて、この年になってもよくわからないでいる。


―――――――
―――――


いつも、言い合いになってばかりだった。顔を合わせれば子供がじゃれ合うような喧嘩ばかりで、まともに言葉を交わすこともままならない。
そのくせ真っ直ぐで一点の曇りもない瞳をいつもぶつけて来やがる。
だからかもしれない。何の遠慮も無しに好き勝手言い合えるこの関係が好きだった。ずっとこの位置にいたいと思ってしまうことさえある。なんだかんだ言っても、この距離が心地よかった。

けれど、本当は。
喧嘩等せず、素直な気持ちで言葉を交わしてみたかった。飲み比べなんかではなく、ただ純粋に二人で酒を飲んでみたかった。怒った顔ではなくて、あのゴリラに向けるような、そんな笑顔を向けて欲しかった。

叶わないとわかっているのに手を延ばそうとする姿は我ながら滑稽で、それでも止めることは出来ずにいる。いや、もはや止める気なんてさらさらなかった。


今日は大型連休の真ん中、世間一般ではこどもの日とか言われているその日。
俺は特別何をするわけでも無く、あまり人が来ないような小さめの店で酒を飲んでいた。今は誰とも話したくない。あいつのことを考えるときはいつもそうだ。

「よう」

不意に肩越しから、聞き覚えのある涼しげな声がした。
そしてその声に、誰とも話したくなかったなんて嘘だと気付かされる。本当は誰でもない、こいつと――土方と話したかったんだ。

土方は至って自然な振る舞いで、何の違和感も無しに俺の隣の席に座った。
延ばせば触れられる距離にいることが嬉しいくせに、もっと近付きたいと思う。
近いのに遠いこの距離を、もどかしく感じ始めたのはいつ頃からだっただろうか。

土方はいつの間にか頼んでいたらしい日本酒の入った杯を片手に、なぜだかこちらを見ていた。

「あ?なんだよ」

俺が気持ちをごまかすように酒を煽ると、土方もグイッと杯を傾ける。
心なしいつもより雰囲気が柔らかい土方は、大分機嫌がいいらしい。
大方近藤絡みだろうと予測して、その考えに自分で傷つく。土方の頭の半分以上は近藤だと、わかっているのに何を今更傷ついているんだろうか。

「……今日」

「ああ?」

「今日は俺の誕生日なんだよ!!」

突然の言葉に、俺は思わず土方の顔を凝視した。自分で言ったくせにばつが悪くなったのか、首筋がほんのり桜色に染まっている。
こいつは俺にどうしてほしいのかとか、何を言ってもらいたいのかとか、考えるけど驚き過ぎて思考が纏まらない。

誕生日を俺に祝ってもらいたかったとか、そんな勘違いをしてもいいのだろうか。

「なに、その年になってプレゼントでも欲しいの?」

けれど口から出た言葉は、からかうような響きを持つそれで。
いつもそうだ。どうしても素直になれなくて、傷付けるような言葉ばかり吐いてしまう。いや、こいつは俺の言葉なんかじゃ傷付きもしないだろうけど。

自分の言葉に自分で傷付いて、こっそりと土方の顔を窺う。案の定というかなんというか、こいつはやっぱりなんでもなさそうな表情で酒を煽っている。
けれど不意に手を止め、怖い程真っ直ぐなその瞳に俺を映した。

「欲しいから言ってんだろうが」

土方が俺に物をねだるなんて初めてだった。いつもはニートだの貧乏だの言って、さりげなく俺の分まで金を払っていることがあるのも知っていたからなおさらびっくりした。

こいつが欲しい物?そんなものあるのか?
土方といえばマヨネーズとか煙草とかしか思い付かねぇけど、そんなものは自分でいくらでも買えるだろうし……。
結局思い付く訳もなく、俺は土方に聞いてみた。

「で?おまえは何が欲しいの?」

俺の言葉に土方は深くため息を吐いて、ぼそりと呟く。

「……この根性無し」

「はあ!?」

土方の言葉が聞こえてしまった俺は、思わず大声を出して立ち上がった。
意味がわからない。俺のどこを見てこいつは根性無しなんて言ったんだよ。
俺が無言で睨んでいると、無表情だった土方の顔に挑発的な笑みが浮かんだ。
その瞬間土方の意外に白い腕が俺の胸倉に延び、グイッと顔を近付けられた。

「……え?」

気付いたときには俺の唇に、土方のそれが当たっていた。何が起こったのかわからなくて、思わず間抜けな声が漏れる。
嬉しいとか驚いたとか、もちろん嫌悪とかそんなものじゃなくて、もっと別の、温かい気持ちが広がっていく。
例えば甘いものを食べたときみたいな、大事な人がそばにいるときみたいな、そんな気持ちが。

「プレゼント、ありがとな」

その言葉に顔を上げると、目に入ったのはしてやったり、というような土方の顔。
俺は思わず苦笑していた。俺が惚れた奴はどうしてこう、男前でカッコイイんだ。俺も負けていられないじゃねぇか。

そんなことを思って、とりあえず俺は未だに言えていなかった祝いの言葉をかけることにした。



はじめの一歩
(進み出したら)(止まらねぇからな)




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