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短編
愛を篭めてキスを一つ


自分で決めた事だから、後悔はしていない。けれど時々無性に全てが嫌になると言ったら、それは我が儘だろうか。


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―――――


代わり映えのしない偽りの言葉を誰とも知らない女に吐き続ける毎日。楽しくもないのに笑える程器用ではないからそこは妥協してもらっているけど、それでも女に媚びを売っている事には変わりない。
それが俺の仕事で金を貰い生活しているんだから文句も言えねぇし、なによりこのホストという仕事を選んだのは俺だから、嫌になっただなんてそんなことそもそも言っちゃいけねぇ。
それでも時々、それらを含めてなにもかも投げ出したくなるから感情というものは厄介だ。

「晋ー!そろそろ休憩時間終わりじゃき!」

俺以外誰もいない休憩室に、ここの支配人兼俺の恋人である辰馬の声が響いた。支配人でいるにはもったいない程の容姿に加え、人付合いも上手いしホストという仕事が生き甲斐だとも言っていた。そのくせ支配人をやっているという変わり者だ。
まあそんなことも俺が気に入っている所の一つ、なんだけど。

「……今行く」

届く訳ないとわかっていても大きな声を出す気分じゃないから、結局俺の意思は伝わらず忙しいあいつの足を運ばせてしまう。

「晋ー、どうかしたがか?」

俺に言葉をかけながら部屋に入って来た辰馬は、自分の方が疲れているにも関わらず、なによりも俺を心配し、優先させてくれる。

そんな時、ただ漠然と好きだな、なんて柄にもないことを思ったりして。
その気持ちが大きすぎて、でも与えられてばかりの俺は返すことも出来ぬまま、ぎゅっと目をつむってないと泣いてしまいそうになる。

「今行く、から」

もう自分の仕事に戻れと、そんな言い方をしたのに、辰馬はそれに気付かないフリをして、だらし無く座っている俺の半分解けかけたネクタイをきっちり結んでくれようとする。

「……平気だって、言ってるだろ」

可愛くない言い方しか出来ない俺に、辰馬はそれでも優しく笑って手早くネクタイを結んでくれた。

「わしがやりたいだけじゃから」

気にしないでいいと、そんな意味が含まれていることに気付いてしまったから、俺はますますどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
俺が出来るのは、せいぜい知らない女に嘘の言葉を吐くことだけなのに。こいつに優しくしてもらう価値なんて、多分ないはずなのに。

「……ばっかじゃねぇの」

「そうかもしれんのー」

それでも優しく笑って、まるで小さい子供にするみたいに頭を撫でる辰馬をまた好きだと思う。……素直に言えたことなんて皆無なんだけど。

でも、もし俺の何年後かの未来にまだ変わらずこいつがいたとしたら、その時は一回くらい言ってやってもいいと思う。きっとそれまでに、百回くらいは好きだと思っているはずだから。

気持ちの重さが比にならないから練習になんてならないだろうけど、来るかもしれないその日の為に女達で練習するのも悪くないと思って、俺は気付かれないように笑みを零した。
それから相変わらず俺に優しい笑みを向ける辰馬の少しも曲がっていないネクタイを乱暴に掴み、顔をぐいっと近付け触れるだけのキスをした。

「……さっきの礼だ」

まだ素直には言えない俺の本当の気持ちを辰馬は知っているだろうから、もう少しだけ言葉にするのは待っていて欲しいと思う。


全てを投げ出したいなんて、嘘だ。
どんなになっても辰馬だけはそばに居てほしいと思ってしまう自分に、気付いてしまったから。



愛を篭めてキスを一つ
(言葉には)(まだ出来ないから)




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あきゅろす。
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