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短編
あの頃の俺へ



俺はあの頃の自分に恥じないように生きているだろうか。あの頃の思いを忘れず背負って歩いているだろうか。


―――――――
―――――


幼い頃、「先生」と言って実の親より慕っていた大事な人を失った。苦しくて悲しくて、病死だったから誰も憎めなくて、なにもできなかった自分を責めることしか出来なかった。
それでも生きて来れたのは、同じ境遇に在りながら、全く未来を諦めていなかったお節介な長髪と、いつもはやる気がないくせにいざというときは必ずと言っていいほど助けてくれた天パ、そんな二人の幼なじみのおかげだ。

……それから、認めたくはないけれど、どんな時も隣にいてくれた、空が好きな男――辰馬のおかげでもある。
荒れまくっていた俺なんかに笑いかけ、どんなに理不尽な態度をとろうとも、いつだって優しく抱きしめてくれた。
まるで「先生」みたいだと、俺にはそう思えた。そう思ったと同時に、俺が辰馬を想う気持ちは「先生」を思う気持ちよりも大きなものだと自覚した。それまで認めたくないという気持ちや、勘違いかもしれないという気持ちが何度も頭の中をぐるぐるして、でもそんな思考を追いやって結局残ったものは、ただ辰馬を好きだという気持ちだった。

「何考えとるんじゃ?」

ふと、視界いっぱいに優しい笑顔とふわふわの茶髪が飛び込んで来た。
こいつが、空の好きな男。優しくて温かくて、まるで太陽みたいな男。太陽だから、空に戻りたいのかな、なんて時々思う。だからいい加減解放してやろうと思うけど、こいつは俺にとっても太陽だから、これだけは譲れない。空にだって、譲れないんだ。

「おまえ、空は好きか?」

「好き、じゃけど。それがどうかしたがか?」

不思議そうに俺を見る太陽に、俺はニッと悪戯に笑って見せた。

「じゃあ俺は?」

辰馬は一瞬驚いたようにサングラスの下の目を見開き、それから変わらぬ笑顔で抱きしめてくれた。

「空よりもっと好きじゃき!」

そんなこいつに、俺は思わず笑みが零れた。
望む答えをいつだって望むようにくれる、そんな辰馬が好きなんだと、俺はあらためて思わされる。でもそれさえ嫌じゃないと思う俺が、多分一番末期なんだと思う。

「俺も」

「うん?」

「俺も、おまえが一番好き」

俺はあの頃、たしかに先生が一番大事だった。ずっとそばに居たくて笑顔を見ていたくて。それは先生が亡くなってからも変わらなかった。だけどそれは叶わないから、そう思った記憶だけは一生忘れないと誓った。先生以上に大事なものなんて俺には存在しなかったし、必要もなかった。

でも先生はきっと、俺に先生より大事な人ができたことを知ったら、優しく笑って自分のことみたいに喜ぶんだろう。
そんな簡単なことを、辰馬に会うまで忘れていたんだ。

たしかに先生より大事だと思うものができてしまった。あの頃の自分にそのことを伝えたら、きっと薄情だと罵って、未来の自分を嫌悪するのだろう。
それでも先生が笑うなら、それでもいいと思ってしまった。
辰馬が本当に幸せそうに笑うから、それでもいいと思ってしまった。

なあ、俺はこんな生き方も捨てたもんじゃねぇって思えるんだ。
そんなことを言ったら、俺はまた過去の自分に怒られるかな?


あの頃の俺へ
(未来の俺は、)(胸を張って大事だと言える奴ができました)




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