短編
願わくば
ねぇ土方。人には忘れたいのに忘れられないことが多過ぎて困るね。
―――――――
―――――
沖田君のお姉さんが死んでから、土方は時々何かに耐えるような表情を見せるようになった。きっと、あの人のことを思い出しているんだね。
ほら、今だってまた、銀さんが目の前にいるっていうのに上の空。
ねぇ、とってもお似合いだったよ。二人が並んだところなんてほんの少ししか見たことないけどさ、すごくお似合いだった。土方の隣にはあの人がよく似合うって、俺なんかじゃダメだって、はっきり突き付けられた気がしたよ。悔しいけど、俺なんかが入り込む隙間さえなかった。それくらい、二人共好き合っていたんでしょ?そして今も、土方の心を占めるのはあの人だけ、なんでしょ?
あの人が亡くなって、嫉妬なんてできない程、二人が想い合っているのがわかってしまった。土方の心に誰がいるのか、わかってしまった。
結局、いつの時代も生きている人間は死んだ人間に敵わないんだね。高杉だってそうだった。ここには俺もヅラも辰馬も、今の仲間である鬼兵隊の奴らもいるのに、あいつの心の中にいるのは先生だけ。俺らになんか見向きもしない。どんなに大声で名前を呼ぼうと、どんなに強い力で手を引っ張ろうと、あいつの見ている先には先生しかいない。
土方もきっと、同じなんでしょ?
俺がどんなに愛を叫んでも、君の心には届かないんだ。俺がどんなに君を抱いても、一緒にいるのはあの人なんだ。
狡いよ、先生も、沖田君のお姉さんも。
俺が大事だって思った人の心を持って逝っちゃうんだから。もし二人が生きていたとして、俺は結局どちらにも敵わないだろうけど。それでも高杉の悪友くらいにはなれたかもしれないのに。片思いでも土方の笑顔が見れたかもしれないのに。
ねぇ土方。俺はあの人の代わりだった?俺は都合のいい人間だった?
それでもいいよ。俺はそれでもいい。土方が笑ってくれるなら、俺はそれでもいいから。
だからもう、そんな風に泣きそうな顔しないでよ。一人で耐えないでよ。俺のこと、少しでいいから頼ってよ。
それも無理って言うんだったら、俺、土方のそばを離れるから。そうしたら、もう耐えなくてもいいでしょ?万事屋、少しだけ貸してあげるから、ここで泣けばいい。誰も見てないから、声をあげて泣けばいい。
なにもできない俺でごめんね。俺は無力だから、土方を笑顔にしてやることもできない。思いっ切り泣かせてやることもできない。土方の大事なものを護ることさえできない。
「……土方」
名前を呼んでも反応しない君。
「ねぇ、土方ってば」
こんなに想ってるのに、決して届かない。俺は、君の目の前にいるのに。
「ねぇ、俺が頼りないから、無力で何も護れないから、だからもう、嫌いになっちゃったの?」
「……銀時?」
「俺が弱いから、もう俺をその目に映してもくれないの?俺の声さえ聞いてくれないの?」
「銀時!」
悲鳴じみた、土方の声。なぜだかそれは、ずいぶん遠くに聞こえた。何故だろうと考えて、すぐに答えにたどり着く。
きっと、心の距離が遠いからだね。
「……抱きしめろ」
「え?」
「抱きしめろって言ってんだよ!」
聞き返すと大声で返されて、俺は慌てて言われた通りにした。久しぶりに感じる土方の体温は、涙が出る程温かい。離したくなくて、もう沖田君のお姉さんにだって渡したくなくて、力いっぱい抱きしめた。行かないでって、子供が縋るみたいにぎゅうって力を篭める。そうしたら土方も抱きしめ返してくれて、もう俺が望むことなんてずっとこうしていれればそれでよかった。
そんな俺の胸に顔を埋めた土方は、くぐもった小さな声で、それでも凜と張りのある声で話し始めた。
「あいつには、幸せになって欲しかった。美味いもんも食わせてやりたかったし、綺麗なもんも見せてやりたかった。笑わせてやりたかったし、涙も拭ってやりたかった。
だけど、おまえとは、一緒に幸せになりたい。おまえと一緒なら、まずいもんでも美味く感じる。薄汚れた景色も、綺麗に見える。どんなに悲しくてもまた笑えるし、おまえが悲しい時は一緒に泣いてやりたい。それじゃあ、ダメか?」
十分だよ。それを聞けただけでもう、十分だ。
「大好きだよ」
土方にだけ聞こえる声で、そっと言葉を紡ぐ。
知ってる、だなんて不器用に呟く君を、俺は未来永劫離したりなんかしないよ。
願わくば
(君との未来が)(永遠であることを)
終
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