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短編
その腕の中で






今日は非番だ。ない時間をかき集めてチョコだって作った。それにはマヨだって入れてねぇ。あいつの好みに合うよう甘く作ったつもりだ。


―――――――
―――――


今日は俗に言うバレンタインデーだ。朝から女共が俺にチョコを持ってきているようだが、正直それに構っている余裕はない。
なぜなら今日は、生まれて初めてチョコを渡す側になったんだから。
こんなに緊張するなんて知らなかった。今まで軽くあしらっていたが、女の強さと度胸をこれほど尊敬したのは初めてだ。俺はチョコを渡すどころかまともにあいつに会いに行くことすらできないというのに。

「あっれー土方ァ、なに、銀さんに会いに来たのー?」

「!?」

万事屋の前をひたすらうろうろしていると、いつからそこにいたのか、銀時は階段の上でこっちを見て手をひらひらさせていた。
太陽に輝く綺麗な銀髪、女のように白い肌、伏し目がちな赤い瞳に長い睫毛。
普段はモテないモテない言ってるが、こいつは同性から見ても間違いなくカッコイイ。きっとチョコだってたくさん貰っているのだろう。
そう思った瞬間、こいつの為に女みたいにチョコを作って総悟にからかわれそれでもそわそわしていた自分が馬鹿らしくなった。間違っても女になんて見えない俺がチョコをあげても、きっと引かれるだけだ。

「……帰る」

思わず言ってしまった一言に、銀時は慌てたように階段を下りて来て俺の手を掴んだ。

「おまえっ、ここまで来てそれはねぇだろ。隊服じゃねぇし、非番なんだろ?」

言われた事は的を射ていて、俺が思わず頷くと、銀時はへらっと相変わらずの笑みを浮かべてそのまま万事屋へと引っ張って行った。こっそりと持って来たチョコが、その存在を主張しているが、俺はそれを無視してされるがまま万事屋へと入った。バレンタインという行事だからなのか、チャイナ娘もツッコミ眼鏡も中にはいなかった。
それでも俺の緊張や不安は無くならず、目も合わせられない。銀時は、今日どんな思いでいるんだろうか。普通の、1日?大好きな糖分を摂取出来るラッキーな日?女達から告白される、嬉しい日?それとも、俺からチョコを貰えるかもとか、少しは期待してくれていたか?

あまりに深く考え過ぎていて、俺は銀時がこっちを見ていることさえ気付かなかった。気付いたのはこいつが溜息を吐いた時。
顔を上げると銀時は、めんどくさいような、冷たいような目で俺を見ていた。
一気に血の気が引いたのが、自分でもよくわかった。

「……やっぱり、帰ってくれない?なんか、土方はチョコをくれた相手が気になるんでしょ?」

「は!?おまえ何言って……!?」

「だって上の空だし、気付いてないかもしれねぇけど、ずっとそれ、握ってたぜ?」

相変わらず冷たい声の銀時に指摘されて初めて気付いた。俺はずっと、こいつにあげようと思っていたチョコを握っていたのだ。

「違ッ、これは――」

「言い訳とかいらないし、早く出てってくれない?」

こんな風に突き放されるのは初めてだ。こいつはいつだって俺に優しくて、素直になれない俺を求めてくれて、大事にしてくれた。
それがあまりに当たり前すぎて、こいつが隣にいてくれる幸せを忘れていた。
だからおまえは俺が嫌いになったのか?もういらなくなったのか?

本当は、滑稽なくらいこいつに縋って、泣きわめいて、どんなことをしてでもその温かい手を離したくなんてなかった。けれど、俺は男だから。大人だから。真選組の副長だから。
だからそんなことできないし、したらいけないんだ。
本当に、好きだった。好きで好きでどうしようもなくて、全部自分の物にしたいとさえ思った。ミツバの時には知らなかった独占欲とか嫉妬とか、汚い感情も溢れてきて、それでもこいつは優しく抱きしめてくれた。
それも、今日で終わりなんだ。周りのみんなが浮かれている日に、なんで俺はこんな気持ちにならなきゃいけねぇんだよ……。

そう思ったら、考えるより先に身体が動いていて、手の中にあったチョコを思いっ切り銀時の額にぶつけていた。痛みで声すら出ない様子の銀時を、俺は勝手ながら怒鳴りつけていた。

「誰がチョコを貰ったって!?今年は一つも貰ってねぇんだよあげる側にいてそんなもん受け取る余裕すらねぇんだよふざけるのもいい加減にしろやこのクソ天パが!!」

いらないって、チョコも俺もいらないって、そう拒絶されるかもしれない恐怖に内心怯えていた。それでもちゃんと、言いたいことがある。別にみっともなくても構わねぇ。惨めだろうがそんなもんどうでもいい。男だから、大人だから、真選組の副長だからそのプライドと信念にかけて言わなきゃいけねぇことがある。

「俺はテメェのこと以外考えちゃいねぇよ。……俺は、銀時が好きだったんだよ」

本当は、今でも好きなんだけどな。それを言うと、きっと銀時は困るから。

溢れる涙を止める術はない。ミツバのときはごまかせたそれも、こいつの前じゃ無意味に等しくて。
俺は近藤さんじゃねぇから、こんな風に恋だの愛だのの為に泣かされる日が来るなんて思っていなかったのに。

「……過去形になんて、するなよ」

ぼやけた視界の先で、赤い瞳が哀しそうに揺れていた。

「俺だっておまえが好きなんだ。だから、このチョコ、俺にだって、そんな風に自惚れた勘違いしてもいいのか?」

「……勘違いなんかじゃ、ねぇよ」

そう言ったと同時に、銀時の温かい腕に抱きしめられた。

「傷付けてごめんな?」

その言葉すら愛しくて、俺は首を横にふりながら、ぎゅっと銀時に抱き着く。
大好きで愛しくて。俺はもう、この手を離さない。



その腕の中で
(甘い甘い)(口付けを一つ)



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あきゅろす。
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