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短編
その笑顔に






無償の愛なんて、そんな戯れ事信じたことない。そんな空想に浸れる程俺は、子供でも純粋でもないんだ。


―――――――
―――――


久しぶりに学校に行ってみると、何故だか机の上に大量のプレゼントが置いてあった。他の奴らの様子からして別に席替えをしたわけでもないらしく、俺はただただ困惑してそれを眺めていた。
よく見ると、同じクラスで時々一緒に煙草を吸う土方も、自分の机の上のものにげんなりと視線をやっている。
本当に新手の嫌がらせかと思った瞬間、俺は今日が何の日か気付いてしまった。
二月十四日、日本では一般的に女から男ヘチョコレートと共に自分の気持ちを伝えると言われているバレンタインデーだ。それならこの大量のプレゼントも納得がいく。
だけど納得したからといってこれらが無くなる訳でもなく、俺は先程ちらりと見た土方の二の舞となってしまった。

本当に、ここまで馬鹿馬鹿しい行事等他にない。チョコレート会社に躍らされてるのがわからないのか。
大体、恋とか愛等という幻想が、本当に存在すると思っているのか?自分のためならなんだってする汚く醜い人間が蔓延るこの世界に。

「晋ー、久しぶりじゃき!」

そんなことを考えていると、大きな、真っ直ぐな声が俺の名前を呼んだ。見なくてもわかる、そいつは太陽のような笑顔で俺を見ているはず。
いつも明るくて、馬鹿みたいに笑っていて、そいつがいると周りまで元気になって。だから俺はそいつが、辰馬が嫌いなんだ。
俺には眩しすぎる。こんな汚い俺に、太陽は眩しすぎるんだ。眩しすぎて真っ直ぐ見ることもできない。

「晋は甘いものは嫌がか?」

それなのに。
こいつはいつだって俺の中に浸蝕してくる。誰も入って来れないように引いた線さえ、こいつはぐちゃぐちゃにして、いつの間にか消し去っていた。
どうせおまえだっていらなくなったら捨てるんだろう?使えなくなったら置いて行くんだろう?
そう思い込んで何度この太陽みたいな男を否定しようとしただろう。
何度この光を自分の内側から消そうとしただろう。
それでもこいつは、いつだって俺のそばを離れない。……俺はこの太陽を消せないでいる。

辰馬は、考え込み返事をしない俺を気に留めた様子もなく、あぁだのうぅだの唸っている。
普段自分から話し掛けることなんて滅多にないが、あまりに欝陶しく、俺は思わず声を掛けていた。

「……なんだよ」

それが珍しいと辰馬もわかっているのか、一瞬きょとんとした表情になって、それから馬鹿みたいに眩しい笑顔を見せた。

「晋が話し掛けるなんて珍しいのー!今日はやっぱり最高の日じゃき!」

何がそんなに嬉しいのか、辰馬はやっぱり大きな口を開けて、俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でながら笑う。

その笑顔を自分のものだけにしたいと思ったのは、いつからだ。
この掌に触れられるのは自分だけでいいと思ったのは、いつからだ。
こいつの気持ちを否定出来なくなったのは、いつからだ。
隠していた自分の気持ちを抑えられなくなったのは、いつからだ。

「……晋?どうかしたがか?」

心配そうに俺の顔を覗き込んでくるこいつは、きっと俺以上にチョコレートを貰っているんだろう。優しくて、頼りになって、顔も悪くなく、人気者のこいつだから、たくさんの奴らから貰っていて、断ることもせずに受け取っているはず。
それでも貰っていない等という可能性を信じられるのは、なんでだ?

「……おまえは?」

「ん?」

「おまえはチョコ、貰ったか?」

脈絡も何もないということくらい、俺が1番よくわかっている。それでも答えが、欲しいんだ。
俺がじっと辰馬の顔を見ていると、辰馬は一瞬目を見開いて、それからいつもの豪快な笑い方ではなく、優しく、綺麗に微笑んだ。

「欲しい人がいるきに、全部断っとる」

そうしてこいつは小さな包みを鞄から取り出して付け加えた。

「あげたい人もおまんだけじゃ」




無償の愛なんて、そんな戯れ事今でも信じちゃいない。恋も愛も幻想で、空想で、そんなものに浸れる程子供でもない。
……だけど。
信じてみようと。愛なんて大層なものではなく、辰馬を、信じてみようと。そう、思った。


「晋?どこ行く気じゃ?」
「あ?チョコ、いるんだろ?」



その笑顔に
(俺が負けたなんて)(おまえは知らないだろう?)




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あきゅろす。
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