[携帯モード] [URL送信]

短編
薬指



別れを告げられたのは、一ヶ月も前のことだった。
滅多に見ることができない銀八の真剣でどこか悲痛そうな表情を、今でも鮮明に思い出すことができる。いや、それだけではない。自分だけに向けられていた優しい笑顔も、生徒たちと騒いでいる時の表情も、渡した指輪のサイズが合わなくて焦っている姿も、いつからだったかあいつを見つめるようになった横顔も、全て思い出せる。
そんな自分を、高杉は酷く滑稽だと思った。
お前の未来の為に俺らは別れた方がいいだなんて、そんな白々しい言い訳めいた言葉で終わらされて。演技だって簡単にわかるような、真剣でどこか悲痛そうな表情しか見せてくれなくて。

不意に、高杉の口から吐息にも似た笑みが溢れた。
そういえば、あの日もこんな風に綺麗で少し痛いような夕日が眩しかった気がする。珍しく教室にいてくれと言われて、こんな風に窓側の一番後ろの席に座って、ひたすら銀八だけを待っていた。
銀八に、別れを告げられるとわかっていたのに、だ。
だから、はっきり言えばいいと、高杉は思う。
俺の為なんかじゃなくて、本当は好きな奴ができたのだと。あいつを、土方を、好きになったのだと。

高杉は無意識のうちに左の薬指を弄りながら、ぼんやりと夕日を眺めた。
サイズが合わない指輪のはまった薬指を弄るのが、彼は好きだった。それはもう、癖になってしまうくらいに。
指輪はブカブカで格好悪かったけれど、銀八のくれたそれが何よりも大切だった。

不意に込み上げてきたのは、祈りにも似た諦めの悪い願い。
あんな風に見え透いた嘘を吐いたのは、俺に嫌われるためだ、なんて。そんな馬鹿げた予想がどうか真実であって欲しいと。そう思わせていて欲しいと。そんな、願いだった。

けれど同時に、そんな自分が滑稽だとも思えてくる。
銀八しか見えていなかった。笑えるくらい似合わない、恋なんていうものをしていたのかもしれない。
それは惨めで可哀想でみっともない姿であっただろう。
それでも、たとえどんなに情けなくても。

「……好き、だったんだ」

意図せず漏れたその言葉に、高杉は嗚呼、と思う。
そう、好きだったんだ。
どんなに強がって見せたところで、笑って見せたところで、銀八を愛していた。
涙は静かに零れた。あの日にすら流れなかった、冷たい雫。
表情も変えず、嗚咽さえないその悲しみは、銀八に別れを告げられても何も変わらなかった彼の世界によく似合っていた。


死にたくなるほどあいつを愛した自分を、いつか許せるときがくればいい。
指輪の感触をいつまで経っても忘れられないこの薬指が、あいつを求めていたとしても。



薬指
(いつまで経っても)(忘れられない)






[*前へ][次へ#]

19/46ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!