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「おや、今夜は橋が架かってるねぃ」
久しぶりに飲んだくれた宵のこと、あてもなくぶらぶらと歩いていると目深に傘を被った老人が出し抜けにそう口を開いた。
は、と土方は首を傾げる。ここは古い橋の上だ。訝しげな土方に老人はそうじゃありやせん、と人の悪い笑みを浮かべた。
「あの世とこの世を結ぶ橋でございやす。それと知らずに渡っちまう奴がたまーにいるんでさぁ」
お侍さんもどうかお気をつけなすって、と老人は土方を見上げてにやにやと笑う。
橋が閉じればもう戻れやしませんぜ、そう言い残し彼は江戸の闇へと消えた。
















総悟が帰らない。またいつものサボりか、と腹を立てていたのも初めの1日で、音沙汰も無く3日も経つとさすがの土方にも焦りが出る。
近藤なぞは気になって仕事も手につかない様子であるし、山崎はじめ隊士たちは捜索に朝も夜もなく動き続けている。手がかりはまだ、ない。

土方も時間を見つけては探しに出るのだがどうにも埒が開かない。携帯電話は依然通じないままだ。
いらいらと煙草を吸いながら夕暮れの街を練り歩く。

「おや、いつぞやのお侍さんじゃねえですかい」
不意に親しげに声を掛けられ、土方ははっと顔を上げた。
傘を目深に被った老人、ああ、と土方は声をあげる。思えばここはあのときの橋の上であった。もう四日も前のことだ。

(四日………?)

総悟が消えたのは三日前の朝だ。寝床を見たらもう居なかった。よもや前日の夜からもう居なかったのではないか?

彼の世とこの世を結ぶ橋ですよ。

あの日にたりと笑った老人の言葉が蘇る。
まさかな、と思った。こういった類の話に滅法弱い土方である。冷や汗がだらりと背中を流れた。

「おいオヤジ。橋とやらはまだ架かってんのか」
煙草に火を点けて尋ねた自分の声は上擦っている。老人は傘を外して西の空を見た。赤い空に沈みそうな太陽が光る。
「そうですねぃ、おそらくは今日限りでさぁね。日が沈めば終わりでしょう」



土方は走った。どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
――あすこにすすきの繁みが見えるでしょう、あすこはこの世の橋元なんでさぁ。
老人が指差した方向へ土方は走る。馬鹿馬鹿しい、と理性は自分の嫌な予感を拭おうとする。それでも土方は足を止めなかった。
拭い切れない悪い予感が土方を襲う。
橋が閉じればもう戻れやしませんぜ。
老人の声ががんがんと響いた。


「総悟、総悟っ!」

夕日に照らされたすすきが揺れる。土方はぐるりと辺りを見渡した。嫌な予感は、拭えない。

――――今日はミツバの四十九日だ。


がさり、と背後で音がした。
土方は素早く振り返る。
見慣れた白い着流し、栗色の丸い頭。ぼんやりと空を眺めるまだ幼い横顔。

「総悟…っ!」

す、と総悟はこちらを向いた。どくどくと心臓が警鐘を鳴らす。


――違う、こいつは総悟じゃない。


「とうしろう、さん」

目を見開いた総悟の口から零れる、鈴が転がるような女の声。

「……ミツバ?」

頭の中が真っ白になった。
困ったように微笑んで髪をかき揚げる仕草は、ミツバそのものだ。












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