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「――ごめんなさい。総ちゃんが橋の近くを通ったものだから血が私を呼んでしまったみたいなの。私と総ちゃんはきょうだいだから」

総悟のかたちをしたミツバはそう言いながら土方の方へ歩いてゆく。びくり、と土方の肩が揺れた。表情は依然険しいままだ。



「……総悟がいなくなってから今日で三日だ。てめぇ、こいつをどうするつもりだ」

土方の厳しい言葉にミツバは悲しげに目を伏せた。三日、と確かめるように声を漏らす。

「そう、三日も経ってしまったの。総ちゃんたら、相変わらず強情なんだから」

ミツバの話によると、総悟はこちら側の橋を渡るのをどうしても拒んでいるらしい。
俺がこちら側に帰れば姉上はあちら側にいってしまうんだろう、と。どんなに強く説得しても総悟の意思は頑なだった。
あちら側は死んで間もない人間やこの世の未練を断ち切れない人の住まう場所なのだと言う。生きた人の行くところではない。

「……お前、本当にミツバなんだな」

それだけの話を聞いて、土方がひねり出したのはそんな言葉だった。
ええ、とミツバは頷く。その所作といい声色といい、ミツバであることに間違いはなかった。

「十四郎さん、会いたかった」
震える手で十四郎に触れるその指は、まめだらけの総悟のものだと言うのに。

「十四郎さん、あなたに言い残したことがたくさん、たくさんあるの。聞いて欲しい思いがたくさんあった。……最後に一目でいい、会いたかった」
―――今日はミツバの四十九日だ。
あちら側の大抵の人間は四十九日を過ぎると、もっと遠い、幸せな場所へゆくのだと聞く。

「総ちゃんはきっと、最後に私の願いを叶えてくれようとしたのね」

悲しそうに、けれど誇らしげに笑うミツバ。
優しい子、とミツバは慈しむ目をした。

土方は夢心地から覚めないまま、ミツバ、と名前を呼んだ。
ミツバは顔を上げる。ミツバの頬を美しい涙が光っている。

「十四郎さん、ずっとずっとあなたが好きだった。今もこんなに、苦しいくらい」

真っ直ぐに射抜く瞳が土方に向いている。
ああ、この眼差しは知っている。
俺はずっと長い間、この眼差しに支えられて生きてきたのだ。


「……知ってるさ、んなこたあ。俺ァ、愛した女はてめえだけだ」

ミツバは目を見開く。それから、泣きながら微笑んだ。


「私、世界で一番の幸せ者だわ」


それが最後だった。
ふわ、と総悟の体が傾ぐ。

叫んだ名前はミツバか、総悟か。
土方は崩れそうになるその体を抱き留めた。

総悟が目を覚ますと土方の背中に背負われていた。隊服は固くて居心地が悪い。文句の一つも言ってやりたいがどうにも眠く、ぼんやりと頭の中が白んでいて言葉にならない。
「土方さん」
声を掛けると土方はちらりと総悟を見た。帰ったか、と安堵したように息を吐く。
「みんな心配してんだ、早く帰るぞ」
つとめて普段通りの声を出す。

「……土方さん、俺ァずっと長いこと、あんたと姉上の夢を見ていやした」

掠れそうに弱い声でぼんやりと総悟はそう言った。土方は口を閉ざす。
ざく、ざく。
土方が砂利を踏む音が響く。

「俺ァね、土方さん。あんたをあにうえって呼ぶ覚悟はできていた。………本当は、一度でいいから、呼んでみたかったんでさァ」


土方は何も言わなかった。

日はとっぷりと暮れている。
長い長い一本道。歩きづらい砂利道は真っ直ぐに屯所へと続くてゆく。


振り返らない。


踏みしめるように、土方はしっかりと歩いてゆく。








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