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沖田が死んだのは夏の盛りのことだった。最近は閑静な土地で一人養生していたのだけれど、ここ十年来の猛暑にとうとう体が耐え切れなかったらしい。私がよっちゃん達と缶けりしてた丁度その時、ゴリラや土方たちに見守られながら沖田は静かに逝った。

沖田が肺を患ってたのは知っていた。あいつの姉貴と同じ病ということも。
でも本当のところ、私は信じていなかったのだ。
ゴリラや土方や、銀ちゃんまでもがあいつの死を早くに受け止めて悲壮にくれていたというのに、私はいつもを遠目に見ていた。あいつは死なない。そんな妙な自信があった。それがこんなにもあっけなく死んだ。


あいつ真選組以外友だちとかいねーし、葬式はこじんまりとしたもんだった。でもみんな泣いてた。あいつが病気に倒れて真選組を離れて随分経ったのに、あいつはこんなにも愛されていたんだ。泣いてなかったのは私だけ。心だけがちぐはぐ。

葬式も白い沖田の顔もどこかぼんやりしている。違う、こんなの沖田じゃない。私の知ってる沖田じゃない!


「――神楽っ!」


思い切り扉を明けるとむぁ、と夏の嫌な空気を肌で感じる。構わずそのまま飛び出した。


走って走って、必至に沖田を探す。沖田の声を、顔を、温度を。思えばあいつが江戸を離れて季節は一周していた。最後に会ったのいつだったっけ。

私の記憶は勝手に沖田を書きかえてゆく。思い出すたびに沖田はだんだんかっこよくなってだんだん手が届かなくなる。触れることができたあの頃、本気でやな奴と思っていたのに。もうわからなくなってしまった。本当はどんなヤツだったのか。

土手沿いの道をひたすらに走る。この道は沖田と来たことがあった。喧嘩しながら随分遠くまで来てしまって、途中でどうでもよくなって二人でゆっくり歩いて帰った。

皮肉っぽい声や笑顔や右フックの感覚、一度だけ見せた涙、夏祭りのこと、本気で殴り合ったこと、嫌いじゃないって言ったこと。私はそんなにたくさん沖田を見てきたわけじゃない、それなのにおぼろげに浮かぶいろんな情景に涙が溢れて止まらない。泣きながら走った。沖田がいない。

肺が痛かった。自分が何してんのかもここがどこかもよくわからない。随分遠くまで来たみたいだけどもうどこだって構わなかった。呼吸が苦しい。窒息しそうなくらい胸が痛くて息ができない。苦しい。苦しい。


沖田。



私の沖田への思いはいつだって不鮮明でごちゃごちゃしてて、それはラブとかライクとか、そういうのに分類のしようがないものだと思ってた。だけどあいつの声が聞こえなくなって会えなくなって今さら心が叫んでる。沖田、苦しいくらいにお前が好き。


ぼろぼろ泣きながら顔を上げると、赤い夕日が目に飛び込んだ。目の前に優しい赤が広がる。


『きれいだねィ』


「……あ」

ふっと沖田の声が蘇る。大喧嘩してさっぱりして、二人して無言で帰ったあの日。少し前を行くあいつが、不意に振り返ってたった一言呟いたことを思い出す。あの時私は、あいつを照らすこの世界を、あいつを、とても綺麗だと思ったのだ。


沖田。

愛しさだけを残してお前はどんどん見えなくなって。
私の脳みそはそんなに上手くできてないから、いろんな日々はきっと簡単に消えてしまうんだろう。


でもあの日綺麗と思った世界は、沖田がいなくても変わらずに綺麗で。



――全てを失ったわけじゃない。



帰ろうと思った。夕日の中を、あの日みたいに。











(世界が美しいのだと、はじめて教えてくれた人)








あきゅろす。
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