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黒檀十字架オラトリオーnoveー







その、毎年とは違う夏休みの日々は、突然終わりを告げた。








朝からうだるように暑かったある日、施設にスーツを来た男たちがやってきた。

彼らはスザクを見ると、形だけの会釈をして院長室に入っていった。彼らの視線は品定めをするようにねっとりと絡み付いてきて、気分が悪かった。



他にも子どもが大勢いたにも関わらず、彼らは真っ先にスザクを見つけた。
彼らはスザクのために来たのだ、とすぐに思い至った。
何のためにかはわからなかった、スザクには思い当たることが多すぎたからだ。


(学校で問題行動ばかり起こしていることだろうか、この間上級生を殴ってケガをさせたことだろうか、悪さばかりしていることを父に報告するために来たのだろうか、それともまさか、あのわけのわからない力の、)



超能力者を謎の組織が連れ去りに来て、超能力者に怪しげな実験をするS.F.映画を思い出して、まさか、とは思いながらも薄ら寒くなった。
彼らが何者なのかもわからないし、何をしにきたのかもわからない。わかっているのは、スザクに関係することでこの施設を訪れたのだということ、ただそれだけ。


気になって気になって、知らないのは気持ちが悪くて、廊下に誰も通らないのを確認して、院長室の扉に耳をつけて話を盗み聞いた。

男たちは、機械のような表情のない声をしていた。扉越しで聞き取りにくかったが、とぎれとぎれにでも単語は拾うことが出来た。




・・・枢木・・・・依頼で・・・・・次の選挙・・・・息子が施設に・・・・メディアが・・・・世論も・・・スキャンダル・・・・引き取ることに、・・・本家では無理・・・・家にいさえすれば・・・・・素行ならもみ消し・・・・急ですが・・・・謝礼はきちんと・・・・






その日の夕方、院長はスザクを呼んで言った。

「お父上がね、またあなたと暮らしたいとおっしゃっているのですって。よかったわねぇ。急な話だけれど、来月までには家に入って欲しいそうよ。荷物を整理したほうがいいわね。あなたが帰ってしまうとさみしくなること。」


帰る?

どこに帰るというのだ。

物心ついてからの記憶には欠片も残っていない、京都にあるという枢木家に?

誰が待っているというのだ?
怯えた目でスザクを伺う母親か?メディア以外で目にしたことのない父親?
一緒に暮らしたい?
ならなぜ直接迎えに来ない?手紙のひとつも、スザク本人には無しに?スザクの意志は全くないものとして、こんなに勝手に。





 ・・・・・次の選挙・・・・・・息子が施設に・・・・・スキャンダル・・・・・・・



盗み聞いた単語がよみがえった。




(政治のための、パフォーマンスじゃないか。オレはそんなもののために、・・・ほんとうにオレが必要なわけじゃない!!どうせ、いらなくなったらまた、最初からいなかったみたいにどこかに捨てて、オレはそんな奴らと・・・・・!!!!))




嫌だ。嫌だいやだいやだ!!叫んで部屋を飛び出し、自分の部屋に閉じこもった。

「嫌だ」と声に出さずに繰り返し叫び続けているうちに、それまでに実の両親に対して抱いていた負の感情がスザクの心を猛烈な勢いで汚く塗りつぶしていった。



嫌だ、来るな、お前らなんか親じゃない!!オレが今までどんな思いで、本当は子どもなんてオレなんていらなかったくせに捨てたくせにずっと独りで、待ってたのに期待して、本当はずっと、裏切ったオレの気持ち裏切った酷い、酷いこんな、・・・憎い、憎いお前たちだけ都合のいいように、俺は人形じゃない!!



壁を叩いて部屋の物をなぎ倒して蹴り飛ばして踏み潰しても、その衝動は収まらなかった。真っ暗な部屋の中、時間の感覚も腕や足の感覚もなくなった頃。









唐突にスザクの頭は奇妙にさめた。






(院長先生ももう味方じゃない。オレひとり喚いたところで、何もかわらない)



それからのスザクの思考回路は、今自分で思い出しても恐ろしい。




それは衝動的に思いついた、熱に浮かされたものではなかった。

スザクは恐ろしいほど冷静だった。

そしてその時、なぜかスザクには絶対にできる、という確信があったのだ。
スザクの力は意識していなくても人間に傷を負わせることが出来るものだった。誰にも気づかれずに、直接手を下さずに人間が殺せるだろうことは、うまくすれば可能なことだとわかっていた。
だって、他ならぬ神父が言ったのだ、君の力は危険だが、心の持ち方、制御しようとする気持ちの持ちよう次第だ、と。


そう、出来る。






布団を被って夢うつつになると、それが夢か現実かはわからなかったが、スザクは幽体離脱をしたらしかった。

そのまま京都にある実家まで飛んで行き、スザクは初めて枢木家の門前に立った。半霊体のスザクは、警備の人間にも防犯センサーにも、使用人の誰にも気づかれずに屋敷へ入り込むことができた。父の書斎の場所は知らなかったが、昔母親が施設を訪問したときに、「お父様は屋敷の一番奥にあるお部屋で、いつも大事なお仕事をしていらっしゃるのよ」と言っていたのを覚えていた。


果たして屋敷の奥に書斎はあり、写真やテレビで見たとおりの男、父であるはずの枢木ゲンブは、大きな執務机に座って書類を書いていた。



スザクは冷静に、父と部屋にある本棚との距離や位置を計算し、大きな地震でもなければ覆る恐れもない重い書架を付き倒した。


(お前なんか消えてしまえ)



はっきりと両手のひらに本棚の感触を感じ、父の顔が恐怖にひきつれるのを見た。









しかしスザクはその瞬間、快哉を叫んだのではなかった。




初めて父の目を見た瞬間、突然自分が取り返しのつかないことをしてしまったと感じ、悲鳴を上げてランペルージ神父の名を呼んだ。



はっと目を開けると、ルルーシュがベッドの傍らにいて、スザクを目覚めさせてくれていた。


スザクは恐ろしさに震えながら、泣きながら彼にすべてを打ち明けた。









スザクが寝ながら見ていたとおりのことが、実家では起きていた。


翌日、スザクは神父に連れられて電車を乗りつぎ(スザク自身はその道のりをまったく覚えていない。神父に手を引かれるままずっと俯いていたままだったからだ。)、『急病で倒れた』という父親の搬送された病院へ行き、父を見舞った。

生まれて初めて直接見る父は病院の白いベッドに寝ている姿だった。
幸い、父は足の骨に皹が入った程度であとは何箇所かかすり傷を負っただけで済み、検査を終えてその日の午後には退院できるということだった。




しばらく病室にいたが、スザクが話せたのは当たり障りの無い、他人行儀な挨拶だけだった。
突然起きた不自然な事故。
しかもこのタイミングで。
直接口に出すことは無くても、父もスザクの仕業であることはなんとなくわかっているような風だった。
合わせる顔がなかった。
スザクはただじっと床を見て、体をこわばらせたまま部屋の入り口に立ち尽くしていた。


神父はそんなスザクの代わりに見舞いの言葉を述べ、本当ならスザクからするはずである紹介も自分でした。しばらく父と話したあと、ルルーシュは「スザク、私は少しお父上とお話があるから、」と言ってスザクを病室から出してしまった。



それから大分待たされて、扉が開いたときには、スザクの与り知らぬところでスザクの行く末が決められていた。枢木ゲンブは、ひどく疲れた様子で、
「この方がお前を引き取りたいそうだ」
と言った。スザクには何がなんだかわからないままだったが、隣に立った神父がいつものように微笑んで肩にそっと触れてくれたので、何かはわからないままに頷き、「はい」と返事をした。



神父が先に出ているよ、と言って病室を出ると、室内には奇妙な静寂ばかりが漂った。
何分かしてから、父は掠れた声で、
「本棚の下敷きになろうとしたとき、見えない手に付き飛ばされて、転んだおかげで助かった」
と言った。


どうもその手は、先刻部屋を出て行った、ルルーシュ・ランペルージ神父の、あの白い手だったような気がする、と。












(神に救われた、とはいわない。だがパードレは父と僕を救ってくれた。)


あのときにはまだルルーシュについても詳しく知らず、父が言った白い手も錯覚かなにかだろうとは思ったが、心のどこかでルルーシュが助けてくれたのだと信じていた。

もしその手が本当に幻覚だったのだとしても、スザクの目を覚ましてくれたのは、スザクの叫びを聞き取ってくれたのはルルーシュだった。


それがなければスザクは殺人を犯し、しかも法によって罰せられる道もないまま絶望に墜ちていた。

亡くなった今でも、神父の存在はスザクを支えている。首から胸に下げられた重みは、師パードレ・ランペルージから与えられた形見のロザリオだ。
彼は死の床で生涯首にかけつづけていたそれをスザクに贈り、二度と同じ罪を繰り返してはならないと言い残し、スザクの道行きに祝福の言葉を贈った。








あの夏の終わりの近い日、父の病室を出た後、待っていてくれた神父とともに鎌倉に帰ったスザクは、そこでやっと父の言葉を理解することになる。





(どうかこのままと願っていたあの夏休みが、そのあと何年も続くことを)









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あきゅろす。
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