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くるるぎさん家の兄妹 1










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洋上に浮かぶ人工の島。
水上の摩天楼。
日本の首都、トウキョウにあるそれは、ある特別な目的のためにトウキョウ湾を埋め立てて作られた人工の都市だった。


本島と、その人工の都市とを結ぶのは、たった一本しかない橋。
トワイライト・ブリッジ。世界最大級の斜張橋とうりふたつの外見をもつそれは、海面上175メートルの高さをもつ二本の主塔から、斜めに張ったケーブルで支えられている。底辺の長い三角形を二個並べた、シンプルだが美しい造形美を誇っていた。

晴れた日中であったなら、その景観の美しさを思う存分堪能することができただろう。






しかし、今は真夜中であった。

この時間に橋を渡るものは、常ならばいない。
この橋は、本土と人工島を繋ぐ唯一の陸路。
であると同時に、明確な境界線でもあった。
ゆえに、これらの設置理由を知る者は決してこの時間ここを通らない。



街灯もまばらなこの時間、本土から橋を渡ろうとする者がいた。
土色の、襤褸のようなマントで全身をすっぽりと覆った人影は二つ。
ひとつは、背の高さは成人男性くらい。多くはない荷物を背負って、もうひとつの人影としっかり手をつないでいた。
それは、成人男性の腰に届くのがやっと、というほどの、小さな人影だった。おそらくは子ども。

彼らは、疲れた足取りで橋をえんやこらえんやこら渡っていた。そもそも、自動車やバイクといった乗り物で移動するべき橋を、徒歩で渡るにはそれなりの時間がかかる。二人は、橋の中途に差し掛かるあたりですでに疲労困憊の様子だった。









緩やかな風が、強い潮の匂いを運んでくる。
その中にふと、馴染みのあるものを見つけて、ひとつの人影はぴたりと足を止めた。手をつないでいたもうひとつの人影も、たたらを踏んで立ち止まる。




それまで、景色はずっと変わらなかった。
周りは夜の闇に包まれていて、人工の光は遠くにある。たえず波の音がする以外は、とても静かで、それは歩いても歩いても変わらかった・・・・・・・・はずであったのに。

まばたきのあいだに、ふたりの数十メートル先には一人の少女が立っていた。
潮風が、彼女の髪をゆるく乱す。
あでやかに着物を着こなしたその少女は、闇に浮かび上がるようで、この世の者とは思えなかった。



小さいほうの人影が、「ひっ」と息を呑む。
少女は、おっとりと口を開いた。
「こんばんは。良い夜ですわね」


小さな人影の頭をあやすように撫でてやってから、もうひとつの人影は目深に被っていたマントのフードを外し、その場に片膝をついた。

フードの下から現れたのは、癖のある栗色の髪をもつ、黄色人種の肌の色をした青年の顔だった。
少女に向けて頭を垂れ、バイザーの奥で緑の目は伏せられている。






そのつむじを眺めながら、少女は満足そうに笑った。
「久しく見なかった顔ですわ。・・・・枢木スザク」

「姫君にもお変わりなく・・・・・というのはおかしいですね。50年ほどお目にかからないうちに、ずいぶんとお若くなられました」



そう言いながら、とても50歳過ぎには見えない青年――枢木スザクは吸血鬼だった。
歳をとらない。いや、年月を重ねてもその外見や身体はその影響を受けない。
スザクが頭を垂れる、少女もまた吸血鬼であった。スザクよりも長い年月を生きる孤高の存在。
かつて、彼女に似た境遇のひとを、スザクはよく知っていた。



スザクの言葉に、ころころと少女は笑う。

「ほほほほ。そういうあなたこそ。ずいぶんお若いお連れ様ですこと」

「・・・・妹です」

「あら、そうでしたの」
彼女――皇神倶耶は、吸血鬼(ブラック・ブラッド)の意味ではなく、人間(レッド・ブラッド)の血筋で、スザクの祖先にあたる。







人間で言う“血筋”と、吸血鬼の“血筋”は意味が異なる。

人間の“血筋”は、親子間の血のつながりを指す。

しかし、吸血鬼の“血筋”は、先天的にもっているつながりではなく、後天的にもつつながりである。



『吸血鬼は、吸血鬼は自身を人間から吸血鬼へと転化させた吸血鬼と同じ血統に属する。転化の際に親となった吸血鬼の特性や弱点が遺伝するため、同じ血統に属する吸血鬼は基本的に同じ特性、弱点を有する。全ての血統にはその血統の大元となった「始祖(ソース・ブラッド)」が存在し、各々の血統は普通、その血統の始祖の名で呼ばれ、吸血鬼の血統は始祖の数だけ存在する。
吸血鬼のほとんどは、同じ血統の集まりである血族単位で生活し、非常に閉鎖的な環境で生きる。血族の始祖は、生き神にも等しい存在であり、歴史の古い血族や特殊な能力をもつ血族は、多くの吸血鬼から敬われる存在である。

吸血鬼の格は、重ねた年月によって決まる。
長きを生きる吸血鬼ほど、その能力も尊厳も、強大なものになり、血族間での地位もより高位のものになる。』


(以上が、『シンガポール協定』第二章から第三章にかけて記載されている吸血鬼の特性(の概略)である)








神倶耶はまさにそれだ。
特殊な、高位の吸血鬼。


この地上でもっとも古い血族。始祖の中の始祖。もはや本名は失われ、世界のもと、 “混沌”の名で呼ばれる、始祖たる吸血鬼の直系(始祖から直接転化させられた吸血鬼)である、世界の四方、東西南北を守る四人の吸血鬼。その特殊な継承の形態から、混沌系と呼ばれている。混沌系の直系は皆、始祖混沌の能力と役割を分け与えられるために、直系でありながら、始祖にも劣らぬ扱いを受ける。そして、記録者として、世界の傍観者としての役割を永久に果たし続けるために、“生まれ変わり”を繰り返す。
血族の中で“生まれ変わり”・・・・身体の交換を繰り返すのだ。

神倶耶に最後に会ったのは50年ほど前。この間に身体を交換していたとは知らなかった。以前の神倶耶は、妙齢の女性だった。今は、14・5歳ほどの少女の姿をしている。






「誇り高い“東の龍王”ともあろうお方が、供も連れずになぜこのようなところへ?」

姿をいくら変えようとも、威圧感はまったく変わらない。若輩者のスザクなど、こうして目の前に立たれているだけで、全身に鳥肌が立ってしまう。スザクが人間でいう青年期の、鍛え上げられた肉体を持っていても、いかにも非力そうな、小柄なこの少女には、決して武力でもって我を通そうとは思わない。

圧倒的な力の差。

吸血鬼の、最も初歩的な能力に、視線を介して相手の精神や記憶に干渉する「アイ・レイド(視経侵攻)」がある。「ハイド・ハンド(力場思念)」とともに吸血鬼の操るあらゆる魔術の根幹とされる術。ある程度年月を重ねた吸血鬼であれば大抵の者は会得できるが、高位の吸血鬼ともなると格が違う。

少女がまばたきひとつするだけで、肌の上を無数の刃物に撫でられる心地がする。

(飲み込まれるな)

「撫でられているような」気持ちを、実際のものと認識した瞬間に全身が切り裂かれる。
心が折れた瞬間に、肉体も死ぬ。








「このようなところ、とは。ずいぶんな言いようですのね。ここは、わたくしとあなたの生まれ故郷ではありませんか。

ご心配なく。供ならおりますわ」


神倶耶の後ろの闇が、ざわりと動く。
暗闇からするりと抜け出るようにして、紅い髪の女が現れた。
しなやかな身体。強い光を放つ青い目。
赤と青。対称的な色をもつその女は、美しい豹のようだった。





「カレン・・・・・・カレン・シュタットフェルト・紅月」





スザクの、かつての・・・・いや、今でもスザクにとってのたった一人の主の盟友。戦友でもあった古血(オールド・ブラッド)。




硬い声で女は言った。
「立ち去りなさい」

青い目には、親しみも迷いもない。
「・・・・・・・・・カレン」

「即刻、ここから立ち去りなさい。返答は、YES以外認めない。」

「何のつもりか知らないけれど、僕は君の後ろに用がある」

「あらそう。なら、ここを通っていくといいわ。・・・・・・やれるものならね!!」

語気荒く吐き捨てて、女が走り出す。
まさしく豹の俊敏さ。人間どころか、並みの吸血鬼では彼女の本気の走りは肉眼で捉えることすらできないだろう。

女が走り出す瞬間、その体から濃密な霧があふれ出した。
視界がかすむ。
眩霧(リーク・ブラッド)だ。
強力な吸血鬼が本気で力を振るう際、その体から自然と漏れ出す幻の霧で、振るわれる力が強力であれば、それだけ濃密な眩霧が発生する。特に数百年から数千年を生きた強力な吸血鬼の眩霧は物理的な力すら備え、若年の吸血鬼であれば触れただけでも灰になる。






(本気か、カレン―――ッ)


咄嗟に腰に手をやるが、右手は空を掴んだ。
そうだ。アレはまだ、あの浮かれ眼鏡のところに―――!
状況は最悪だ。
舌打ちする暇もなく、初速からトップスピードに乗ってくるカレンを迎え撃つため、巻きつけていたマントを身体から力任せに引き剥がした。
持っていたあらゆる荷物を放り出す。
(まだ足りない)
とにかく身を軽くしなければ、カレンの速さには対応できない。
そもそも、過去、スザクがカレンに追いつけたことなど一度もないのだ。
顔の半分を覆っていたバイザーを最後に外して、スザクも走り出した。




久々の実戦。
身を切るような殺気。
眩霧(リーク・ブラッド)で霞む視界。
気を抜けば、すぐさま灰になる。




これは、戦だ。
スザクは余計なことを考えることをやめた。

単純なもので、その一心がスザクの動きを、自身が持つ最上のものへと変化させた。
スザクの両目に戦士の眼光が宿る。






ものの数秒で空気を一変させたスザクに、子どもが思わず手を伸ばす。

「兄さま!!」

「そこにいろ!動くんじゃないぞ!」

しかし手は届かず、スザクは子どもを見ることすらせずに跳躍した。
その背中が、霧の中に吸い込まれる。


子どもは後を追って走り出したが、霧に阻まれてそれ以上進むことはできない。
「・・・・・兄さま・・・・」

兄はここで待てと言った。
追いかけたいけれど、この霧はとても、とてもいやな感じがする。
あぶない。
触れてはいけないものだと、頭のすみで強く叫ぶ声がする。




霧はどんどん濃くなっていく。
兄はこの中にいる。
でも、自分には追いかけられない。どうしても。
何か、硬いものどうしが激しくぶつかり合うような音と、どちらのものかもよくわからない怒声が聞こえてくる。
こんなところで、こんなふうに一人にされたことは、生まれてから今まで一度もない。
いつでも、どこでも兄は離れずにずっとそばにいてくれた。
そばを離れるときには、かならず、兄の次に信頼できる人たちがいっしょにいてくれた。
夜に、こんなにこわいところにおいていかれたことなんて一度もない。




――!!




今まで聞いたこともないような大きな爆発音に、鼓膜がびりびりと震える。


後ろに下がろうとして、足がもつれて転んだ。
しりもちをついた。足はがくがく震えだし、歯の根が噛みあわずにカチカチ音を立てる。
今までの人生で味わったことのない恐怖が子どもを襲う。



震える子どもの肩をそっと包む手があった。
年端もゆかぬ少女の姿をした神倶耶は、子どもの肩を抱いておっとりと話しかける。
先ほどまでスザクに向けていたような威圧感はどこにもなかった。


「心配せずとも大丈夫。紅月はあなたの兄を殺しはしません」

「・・・・・・」


嘘だと思った。あなただって、さっきまでこわかったと思った。

しかし、まだ震えが止まらない子どもには、どんな言葉も返せなかった。
しばらくの間、神倶耶は子どもの肩を抱き、緊張で冷えた体がすこしでも温まるようにと辛抱強くさすり続けた。
その手つきからは悪意は感じられない。
子どもはようやっと細く息を吐き出した。


だんだんと、子どもの緊張がほどけていくのを手のひらで感じて、神倶耶はあらためて話しかけた。

「はじめまして。神倶耶と申します。

あなたの、お名前は?」





「はじめ、まして。ぼくは―――――」

























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『BBB』のパロ(改悪ともいう)。アニメ版のキャストが、あんまりにもジャストだったので。






















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