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黒檀十字架オラトリオ ーcinqueー




扉の閉まる音に、もう、とため息をついて、ロロが振り返る。


「あ、ごめんなさい。お客様を立ちっぱなしにさせちゃって。お疲れじゃありませんか、ブラザー。」



にこにこと微笑んで接待しようとするロロに、スザクは急激に怒りが込み上げてきた。何だこれは。


「・・・・一体、何だというんだ。奴は魔女なんだろう!?お前も、その召使なら僕の、」


「召使いではありませんよ僕は。ただこの家で家事ができる者がいないから率先してやっているだけです。あのとおり、家主は日常生活自体が怠惰で、いろいろなことにひどく無頓着なので」


スザクの怒声を遮って、ロロが真面目な顔で訂正する。主の怠惰な生活を説明して苦笑した。

(・・・一体、何なんだこれは)






ロロは恐らく人間ではない。魔女たるC.C.と共に暮らしていることもそうだが、あれほど殺気だった修羅場や、同居人の体が焼け爛れた姿を見ても平然としている。第一、あれほど異様な光景を見た後で、普通の、一般の人間ならばすぐさまC.C.の手当てをするか、救急車を呼ぶか、警察を呼ぶはずだ。なにしろエントランスには、肉の焦げたような臭いがまだ漂っている。




張本人だというのに、スザクはこの非日常的な空気にゆるく吐き気を覚えていた。

あの瞬間は、任務を果たさなければならないという使命感に駆られていたのか、聖遺物の霊気にあてられていたのか、一種のトランス状態だったのだと思う。

でなければ、目の前で例え人の皮を被った化け物だとしても、人間の皮膚ところか肉が焼けるなどというおぞましい光景を受け入れられる訳がない。
スザクは悩める人間の苦悩を聞く修道士ではあるが、医者ではない。体を損傷した人間に出会う経験など、一般の人々と変わらないほどしかないのだ。だから、感覚は普通の人と変わらない。


(・・・気持ち悪い)

目に焼き付いたおぞましい光景が。それを行ってしまった自分が。体が焼け爛れても平然としていた魔女が。そしてまるで何事もなかったかのようににこやかに振る舞う目の前の少年が。吐き気が、する。






「奥へどうぞ、ブラザー」

柔らかな少年の声が、屋敷の奥へとスザクを誘う。気分の悪さを必死に鎮めようとして、しかめられた顔を見て、ロロが苦笑する。


「心配しなくても、貴方を食べたりしませんよ。C.C.が認めたお客様なんですから」


どうやら酷い顔をしている理由を、違う風にとられたらしい。にこにこと笑うロロには未だに気味の悪さを感じたが、とりあえず今すぐに殺される、ということはないようだ。任務はまだ続行される。


この密命を受けたときから、自分の命の保証がないことには気づいていた。



しかし後戻りはできない。ローマに帰ったところで、居場所など、安全な場所などない。(あの方が亡くなられたときに)スザクの居て良い所など、この世界のどこにもなくなってしまった。

(今の僕の身に、無くすものなんて何もない)

失敗の許されない任務。捨て身だからこそ受けた。どちらにせよ、断る手段なんてはじめからなかったけれど。
いずれにせよ、この先に進むより他にない。

最初からスザクには、退路など残されていなかったのだ。足を踏み出しながらロロに顔を向けた。


「・・・・・ブラザーはやめてくれ。」

ここ数年を過ごしたイタリアでは馴染んだ呼びかけだったが、母国の日本語で言われるとなんだか奇妙だ。きょと、とこちらを見つめてきた少年は、では何と?と訪ねてきた。

「スザクでいい」

その言葉に、ロロは花の綻ぶように笑った。


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あきゅろす。
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