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むっつりと黙りこくったままの子どもを両手で抱えた少年―――屋根の上で大立ち回りを演じて見せたアッシュフォード学園高等部2年、枢木スザクがミレイに連行されたのは、アッシュフォード学園の大学部校舎だった。


初めて入る施設に、スザクはきょろきょろと興味を引かれながら歩いた。やがてミレイは大学部の端っこにある体育館のような倉庫のような建物の前で、扉にIDカードを差し込んだ。


アッシュフォードのセキュリティが最新式のもので、敷地内の部屋や施設にはIDや認証カードが必要になるものがいくつかある。そう多くはないが、生徒会役員のスザクが知らない部屋もたくさんあるはずだった。




(きっとここもそのひとつなんだろうな)



スザクとミレイの前で、鉄製の扉が開いた。















「あっはー!高等部棟で猫が捕まったって聞いてたんだけど。あなたでしたかー。」


「ふざけるなロイド。僕はこの不心得者に、不本意だが致し方なく運ばれてきただけだ。猫は、どう見てもこっちだろう。」


ほら、と掲げられたその腕にはたしかに猫。ネコ科の、猫。灰色に近い黒の毛並みで、左目にだけ濃い色の斑がある。尾の先も、斑と同じに色が濃い。子どもにロイド、と呼ばれた男は、微妙な温度の目線でもそもそ動くそれを観察していた。



「あれ〜?どうしたのぉ?」とヘラヘラ笑いながらスザクたちを迎え入れた白衣の男は、どうやらこの倉庫のような施設の責任者らしかった。

スザクの腕に抱えられた子どもを見ると、「あらら、お早いお帰りで」とおどけたように言って、男の後ろで右往左往していたスタッフ(なのだろう、皆揃いの制服を着ている)に向かって、「ちょっと休け〜〜い!誰かセシル君呼んできてー」と声をかけた。スタッフの何人かは心得たようにどこかへ走っていき、あとにはスザクとミレイと男といまだ抱えられたままの子どもだけが残された。





「不心得者って・・・・・」


「まあまあいいじゃないの。この子のこういうところは、今に始まったことじゃないのよ。たぶんちょっと気落ちして八つ当たりしてるだけなんだから、あんまり気にしない。慣れなきゃだめよ、スザク!」


順応性養っていかないと!と背中を思いっきり叩かれる。正直痛い。

けれど腕に抱えた子どもを落とすわけにもいかないので、痛む背中をさすることもできずに、「あはは」と曖昧に笑った。




「ありがと、スザク。あなたきっと明日から英雄よ!なんてったって、本国一の有望株を救出したんだから。」


「はあ」




(有望株、ねえ。)

この子どもに、よくはわからないけれど何かしら期待できるところがあるというのだろうか。






それにしてもこの子ども、なんというか態度がでかい。
初対面の人間に、純粋な厚意で抱えてもらっているというのに、礼のひとつもないどころか不本意そうにむっつりして、王様のようにふんぞり返っているのだ。


ちょっとは申し訳なさそうな顔でもしてみせたらどうなのか。





スザクはこの小さな王様の命令で、屋根の上で黒猫を追い掛け回し、数え切れないほどネコパンチを受け引っかかれ、手も顔も傷だらけだというのに。



かわいくない。
まったく、なんて子なんだ。
いくらちっちゃくたって、世の中には許されることと許されないことが、礼儀とか年上に対しての敬意とかいろいろ色々、ルールってものがあるんだぞ。



抱えた王様を見下ろしてみる。




さらさらつやつやの黒髪の、ちっちゃな頭。
細くて小さい手足。
抜けるように白い肌。
むっつりと引き結ばれたさくらんぼ色のくちびる。
すっきり通った鼻に、こぼれそうなくらい大きな目。淡い色の、ぷくぷくほっぺ。
頬に影を落とすくらいに長い睫毛。






・・・・・・・・。



んん?

かわいいくない、のだろうか。




・・・・いや、もしかしたらこの子、さっきは必死でわからなかったけれど、もしかしてものすごーーく、






「なんでもいいからもう降ろせ!」

「え、だって君、」

子どもは小さな手でスザクの胸を押しのけようとし始めたが、そのくらいの力ではスザクには何の影響もない。
うんしょうんしょ、と一生懸命に押しのける。
まったく効果はないのだが。





いや、これはなかなか、

(かわいいかもしれない)




すみません遅くなりました、と走ってきた女性と軽く挨拶を交わしたミレイが、まだもぞもぞ動いている子どもに声をかけた。


「いいじゃないルルちゃん。もうちょっとそうしてなさいな。足、まだ痛いんでしょう?」

言われて、ぎくりと子どもが動きを止めた。




「足?」

「お怪我をなさったんですか?」

「ええ、ちょっとひねっちゃって。」

子どもを覗き込む白衣の男と、黄土色の制服を着た女性に、スザクは答えた。



子どもは、せっかくスザクが助けて窓まで非難させたというのに、猫を追いかけるスザクに檄を飛ばしているうちに、興奮して窓から足を滑らせたのだ。
危ういところでスザクが腰をつかまえたが、本当に危なかった。
足を捻った程度ですんだのは、ほとんど奇跡みたいなものだった。



「お前!余計なこと言うな!大丈夫だセシル。大事無い。報告はしないでおいてくれ。」

あわてて子どもは女性に向き直る。

「はい。でも、本当に大丈夫ですか?後で患部を検めさせてくださいね。」

「ああ。頼む。」


ずいぶん素直なお返事だ。
スザクにはかわいくない口ばかりきくのに。




(もうちょっとくらい素直だったら、かわいいかもしれないのに)







「で。ルルちゃん、スザクにお礼は言ったの?」

「ん?」

「お礼?」


お礼、という言葉に反応して、子どもの足の具合を検めていた女性と男が顔を上げる。


「ええ。ルルちゃんったらね、時計塔の屋根まで登っちゃって。高いから、落ちたりしたら危ないところだったんですよ?」

「まあ!!」

「あらー」

「うう・・・・」


ミレイの告発でついに逃げ道を失った子どもは、白衣の男と制服姿の女性を前に、ちいさく唸り声をあげた。





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